躁うつ病(双極性障害)を患い、大学を休職、ついには離職に至った與那覇潤さん。このたび『知性は死なない――平成の鬱をこえて』を上梓し、詳細に体験を著しました。本書の第2章より、「『うつ』に関する10の誤解」を5回シリーズで公開します。
誤解3 「うつ状態」は軽いうつ病である
ここまで、すでに何度か「うつ状態」ということばを使ってきましたが、これについても大きな誤解があるように感じます。私が職場近くのメンタルクリニックを最初に受診したときは、臨床心理士による面接ののち、医師に「あなたはうつ病までは行っていませんが、うつ状態です」と言われました。
このような言い方をされれば、うつ状態を「まだ病気というほどではないもの。軽いうつ病」と理解してしまってもやむをえませんし、事実、「うつ『状態』で仕事がつらいなんて、病気でもないくせに」という批判をされたこともあります。
じつは、これは完全な誤解です。精神医学の用語では、病気の結果としてネガティヴな思考にとらわれていることを「抑(よく)うつ気分」、気持ちの問題だけではなく能力や身体の面でも不調が生じていることを「抑うつ症状」とよび、これらの総称として「うつ状態」という用語を使いますが、それはうつ病の程度が軽いということではなく、「どの病気に起因するものかは、まだ特定できない」という意味なのです。
うつ病ではなく躁うつ病(双極性障害)かもしれないし、統合失調症でも陰性(いんせい)症状といって、外見上はうつ状態とほぼおなじ病状を示すことがあります。(8)また、いきなり「あなたはうつ病です」と断定してしまうと、患者や家族にショックをあたえて予後(よご)を悪くする危険があるので、初診ではあえて「うつ状態ですね」とあいまいな言い方を選ぶ場合もあるそうです。(9)
この章で引用している精神科医の方々も感じているようなのですが、「うつ」という同一のことばが、日常用語・症状の名称・病名として相互に異なる意味を持っていることは、病気にたいする社会の理解を深めるうえで、大きな障害になっています。
たとえば「体がだるい」というのは日常用語ないし症状の名称で、「インフルエンザ」は病名ですが、「インフルエンザなので会社を休みます」といえばすんなり欠勤が受理される場面でも、「体がだるいから仕事行きたくないッス」といわれたら、どなりつける上司のほうが多いでしょう。
病名は、日常用語とおなじであってはいけないのです。いかに病状が深刻でも「うつで仕事ができません」となかなか言い出しづらい現状には、こうした医療用語をめぐる混乱にも、責任の一端があるように思われます。
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(8)岡田尊司『統合失調症 その新たなる真実』PHP新書、2010年、88・108~109頁。一般に統合失調症といわれて想像しがちな、幻覚・幻聴・妄想的な独言などは「陽性症状」といいます。
(9)坂元薫『うつ病の誤解と偏見を斬る』日本評論社、2014年、15頁。