1ページ目から読む
2/2ページ目

誤解4 うつの人には「リラックス」をすすめる

「いま、うつで仕事を休んでいるんです」とうちあけると、幸いなことに知人の多くは同情してくれましたが、対応にこまるのは「リラックス」や「気晴らし」をすすめられたときでした。

 ひとりでふさぎこむのはよくないよ、TVのお笑いでもみてみたら、ライヴコンサートなんか盛り上がるよ、整体でマッサージしてもらえば、休めるなら旅行でもしてみたら、なかよしで久しぶりに飲もうよ――はては「これでリラックスすればいいじゃん」と称して、FRISKのような清涼菓子を渡されたことさえありました。

©iStock.com

 うつ病の特質のひとつは反応性の欠如といって、ほんらいならたのしいはずのことでもたのしく感じられなくなることにあります。これが進行すると無快感症(アンヘドニア)という、文字どおりいっさいの喜びを感じない、おいしい食事を口の中に入れても味がしない、パートナーとの性的行為さえ苦痛にしか思えない状態になります。(10)

ADVERTISEMENT

 私も発病してから一時、あらゆる音楽を受けつけなくなりました。健康なときになんども気持ちを癒(いや)してもらってきた、Number One Again というビートルズのアコースティック・カヴァー集が、いまや自分の耳にはインダストリアルロックのように響いて、かけられない。他愛(たわい)ないテレビのバラエティ番組を、スタジオの笑い声があたかも自分をあざ笑っているかのように聞こえて、見つづけることができない。

 そうこうしているうちに、身体が重くて持ち上げることすらできなくなり、外出や会食などは当然ありえないものになりました。

 ようやく、いちばん親しい人とであれば外食が可能になったのは、入院とデイケアへの通所を経た発病1年後くらいのことです。その後は、類似の病気で苦しんでいる知人・友人とも食事をしていますが、以前の自分の経験から、声をかけるときは「気乗りがしなかったら無視してくれていいし、いつでもキャンセルしてもらっていいよ」と添(そ)えるようにしています。

―――

(10)岡田尊司『うつと気分障害』幻冬舎新書、2010年、57~58頁。

與那覇 潤(よなは・じゅん)

1979年生。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程をへて、2007年から15年まで地方公立大学准教授として教鞭をとる。博士(学術)。在職時の講義録に『中国化する日本』(文春文庫)、『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫、近刊)。その他の著作に『翻訳の政治学』(岩波書店)、『帝国の残影』(NTT出版)など。

「うつ」に関する10の誤解 5・6に続く

本記事に該当する章全文をダウンロードしてお読みいただけます[PDF/1.93MB]

知性は死なない 平成の鬱をこえて

與那覇 潤(著)

文藝春秋
2018年4月6日 発売

購入する