浮かび上がった意外な犯人と、なくなった局部の行方
胃内容、血液、尿などの化学検査の結果を待たなくては結論は出せないが、解剖終了の時点では、酒好きの池さんが、マグロの刺し身をおかずに焼酎を飲んでいるうちに、誤ってのどにひっかけ、窒息死したものと推定された。
主の急死によって、数匹の猫たちは餌に窮した。小屋の中の食べ物が全部食べ尽くされると、あとは池さんののどに詰まっている魚だけである。猫がその魚を食べようと必死になり、口の周りを食べていく。しかし、のどの魚までは届かない。
顔がやや右下向きになっていたので、池さんのよだれが頬を伝わり右耳に達していたのだろう。空腹の猫は右頬から右耳たぶまでかじった。
そこまでの推理は簡単であった。耳たぶのギザギザの咬創は、それを裏付けている。ネズミや犬の咬創とは、歯型が違う。
それでは、陰部はどうしたものか。えぐり取られたようになっているが、出血などの生活反応はなく、黄色い皮下脂肪が露出し、死後の損傷であることは明白である。まさかこの汚い小屋に女性が訪れてくるとは考えにくい。
「やはり猫の仕業か?」
解剖に立ち会っていた検視官は、そうつぶやいた。
とすれば、池さんは死亡前に下半身だけ裸になっていたことになる。暑い季節ではない。むしろ肌寒いのである。そう考えるならば陰部にも魚の臭いがついていた方が都合がよい。
独り暮らしの池さんが、ズボンをぬぎ、下半身を裸にして、そこに魚の汁などをつけて猫になめさせ快感にひたっていたとは、考えすぎであろうか。
下腹部の線状擦過傷は猫の爪痕のようなのである。食べにくい股間の場所がらを思うと爪痕ができておかしくない。
うがった考えだが、推定の範囲を出ない。現場には数匹いた猫が、一匹しか残っていなかった。食べ物がなくなったので、あとの猫は居所を移したのだろう。
数日後、化学検査の結果がわかった。血液、尿中から多量のアルコールが検出された。胃内容から毒物は検出されなかった。池さんは予想した通り、泥酔状態で魚を誤嚥し窒息死したのである。
陰茎から睾丸まで根こそぎもぎとった猟奇事件も、結局犯人は猫のタマであったということで落着した。追いつめられたとき、人間はどうするのか、考えさせられる事件であった。