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 その後、しばらくしてまた電話があり、ジャニーズタレントが出演する地方局の歌番組でバックダンサーを務めた。レッスンを受けた期間は約1年間という。

証言する元ジャニーズJr.のAさん(撮影・鈴木エイト)

「それからしばらくして東京に呼ばれた時のことでした。事務所の担当者から『コンサートのバックダンサーとしてステージに立ち、オーディションも受けるように』と言われました。都内の合宿所に数日間宿泊してJr.たち4人ほどで分かれて就寝していたところへ、ジャニーさんが夜な夜な布団の下の方から入ってきました。穿いていたズボンを下ろされ、口淫の被害に遭いました。

 当時の自分にはわけも分からず、驚きしかありませんでした。どう反応していいかわからなかったというのが正直な感想です。他のJr.にも言えなかったし、誰にも言えませんでした。

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 身の危険を感じた私は、スケジュールをこなして逃げるように東京を後にしました。親にも話せなかった。わざわざ東京に行ってジャニーさんにそんなことをされたなんて、母親にも絶対に知られたくなかったのです」

 どれほどの歳月を経てもその記憶は鮮明に残っているという。12~13歳と幼かったAさんの精神的ショックは計り知れないものだった。

「やる気をなくし、踊れなくなりました。そのあとは声がかからなくなり、芸能活動も諦めました。私たちの同期の間でも、先輩Jr.が『そういうことがないと上には上がれない』と言っていたと、噂にはなっていました」

「その時、射精はしたか?」と事務的に被害を聞き取られる

 Aさんは被害申請から面談に至るまでの過程について教えてくれた。

「ジャニーさんから受けた性被害については、長い時間をかけてある程度自分の中で整理をつけ、折り合いをつけてきたつもりでいました。ですが、昨年から被害の実態が報道されるようになったことをきっかけに、当事者の会へ連絡を取り、被害者救済委員会の補償受付窓口のウェブフォームから申請することにしました。『文字の入力だけで、被害の実態を本当に判断できるのか?』と不安を感じました。救済委員会からのレスポンスも悪く、〈在籍記録を照会する〉と言われてから数か月後にようやく返信がありました」

 雑誌資料等からジャニーズJr.として活動していた事実が判明し、在籍が確認されたAさんは面談へと進んだが、当日も戸惑うばかりだったという。

「前もって誰と面談するかは知らされず、画面の向こうにはスーツ姿の男性が1人。こちらは個人情報をすべて渡しているのに対して、身分証の提示もなかったので、『本当に弁護士なのかな?』と訝しく思ったほどです。

 弁護士の口調に気遣いは感じられず、ごく事務的な感じでした。入った時期や在籍期間、活動内容の確認のあと、ジャニー喜多川氏から何をされたか、どういう状況で被害に遭ったのか……。びっくりしたのは、『その時、射精はしたか?』という質問も淡々とされたこと。オンラインとはいえ、いきなり弁護士を相手にするのは身構えてしまうものです。希望者はカウンセリングを先に受けられるよう促したり、専門家を面談に同席させられるようにするなどの配慮があるべきではないでしょうか」

 Aさんが面談の後の流れについて聞くと、「補償金額の算定に1か月ほどかかる」と告げられた。

「『算定基準はどうなっているんですか?』と訊くと、『自主的に明かすことはなく、算定基準はあるが、虚偽の申告をする人がいるから公表しないことになっている』と言われました」