子供たちは大学を卒業し、ローンも残り数百万。約30年務めた電通をやめようと思いつつ、役員からの引き留めを期待した福永耕太郎氏。しかし、そんな彼を裏切った上司の態度とは……? 『電通マンぼろぼろ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)(全2回の1回目/後編を読む

なぜ常務は引き止めてくれたのかったのか……。元電通マンの嘆きをお送りする。写真はイメージ ©getty

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「早期退職制度に応募しようか迷っている」

 定年をあと数年後に控え、私は早期退職することを考え始めていた。子どもたちは大学を卒業したし、数百万円を残すだけとなったマンションのローンも退職金の一部で十分に返済できる。

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 このころ電通ではリストラが強行されていた。非ラインの部長職以上の社員には「退職金の上乗せ」を行ない、早期退職を促した。早期退職すれば、退職金が最高で額面3000万円増額されるのにくわえ、日本一手厚いとされる「電通健康保険」が任意加入で2年間継続される。

 また、早期退職社員の受け皿として合同会社を設立し、早期退職した社員たちは個人事業主としてこの合同会社と契約することを仕向けられる。合同会社と契約した個人事業主は、最初の年だけ辞めた年次の給与水準の8割を保証される。

 その次の年からは、仕事の成果に応じて給料は減らされていく。58歳で役職定年になると基本給が2割下がるから、金額的には明らかに早期退職したほうが有利になるのである。

 給料が減っていくこと以上に、彼らの精神を蝕んでいくものがある。「誰からも必要とされていない」という自覚である。

 ぼんやりと退職を考えていた私は、S損保の営業時代に一緒に仕事をし、常務取締役まで出世していた松本氏に相談した。

「じつは、今募集している早期退職制度に応募しようかどうか迷っているんですよ」

 私の腹はまだ固まっていなかった。私のことを評価してくれていた松本氏が、「福永ちゃん、そんなこと言うなよ。来年あたり、役職定年の縛りを取っ払って、キミを局次長職に推そうと思っているんだよ」なんて言ってくれるのではないかという甘い期待があった。

 松本氏は少し考えてから、こう言った。