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おかみさんがダメ亭主に惚れた理由

 特に芝浜という噺は、元々は幕末の頃に三題噺(即興で演じる落語)から生まれ、その時代時代で師匠方が手を加え、だんだん今の形になったと言われている。師匠方によって世界観がまるで違う。ならば私の芝浜があっても良いのではないか。勿論、芝浜を壊したい訳ではない。芝浜という噺を大切にしたい。あくまで同じストーリーの中で、おかみさんにも主人公になってもらいたい。現代を生きる女性にも共感する思いがあるはずだ。

「女性の噺家にしかできないことがあるはずだから、どんどん挑戦しなさい」

 師匠(九代林家正蔵)から頂いたこの言葉も、私にとって大きな支えとなった。

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つる子さんの師匠は九代林家正蔵さん ©共同通信社

 3年前から始めた、おかみさんを主人公にして描く芝浜の挑戦。たくさんの女性にこの噺の感想を聞いたが、「おかみさんが良い人すぎて人間味がない」「ダメ亭主と別れなかったのはよほど惚れていたに違いない」など様々な意見があった。

 私の父の感想も印象的だった。「芝浜の夫婦はお互いに惚れていたはずだ。だから嫌なところも許せたんだろう。夫婦ってのはそんなもんだ」。長い夫婦生活の中で、父と母も色々とあったようだが、それでも父は母の笑った顔が好きで、何があっても最後にはとにかく笑っていてほしいと思うのだそうだ。

 芝浜の夫婦にも、二人だけの絆があるはずだ。

 ある日、芝の浜で大金の入った財布を拾った勝五郎は、遊んで暮らせると仕事に行くのをやめ、仲間を呼んでどんちゃん騒ぎをする。翌日、目覚めた勝五郎におかみさんは「財布を拾ったのは夢だ」とウソをついて亭主を改心させようとするが、私は、おかみさんがどんな思いでウソをついたのだろうかと考えた。もとは「あなたのためにウソをついたの」という、おかみさんの“内助の功”が印象的な噺なのだが、きっとそれだけではない。

 おかみさんは、自分のためにもウソをついたのではないだろうか。活き活きと仕事をする、大好きだった頃の勝五郎に戻ってほしい。そしてまた二人で幸せな日々を送りたい。しかし、ウソをついても勝五郎は変わらないかもしれないし、バレたらすべてがダメになるかもしれない。おかみさんにとっては、決死の覚悟でついたウソだったのではないか。

林家つる子氏さん

女性の落語家はまだ1割にも満たない

 私は、二人の馴れ初めや何気ない幸せな場面を足し、おかみさんの思いを前面に出した「私の芝浜」を高座にかけた。その様子は1月末、NHK「目撃!にっぽん」でも放送されたため、たくさんのお声を頂いた。中には、余計なことをしなくても良いというご意見もあった。

 しかし想像以上に男女問わず、「共感した」と言ってくださる方が多かった。普段簡単には良いと言わない父も「良かった」と笑ってくれた。父は肺気腫を患っていたのだが、見届けたように3月4日、天に旅立った。

 落語界において女性の落語家はまだ1割にも満たない。しかし確実に道はできている。これから長い年月をかけて「私の芝浜」を育てていきたい。