永松 それぞれの世代にそれぞれの役割があって、細かいルールが全部決まっていますね。
基本的にマサイの人はみんな早く大人になりたい
――ではマサイの場合、「将来やりたいことがない」みたいな悩みはないですか。
永松 世代別にやるべきことが決まっていますから、そういう不安はないですよね。
だからこそ、戦士時代の卒業を意味するエウノトは青春との別れであり、大人になっていく誇らしさと寂しさがないまぜになって皆、号泣するんです。
――儀式のクライマックスはどんなことをするのでしょうか。
永松 象徴的なのは、お母さんが髪を剃るシーンですね。戦士時代の象徴である長い髪を切った瞬間、パキッと「僕はこれから社会のために大人として役割を果たしていきます」みたいな顔になる。これがエウノトなんです。
――ロングヘアもジャンプも、マサイでは若い人の特権なんですね。
永松 戦士時代は皆ナルシストです(笑)。長い髪の自分を鏡でうっとり見てますよ。
そして、その美しさも戦士時代だけのもの、ということを深く理解していますから、すべての学びも終えて大人になる世代にもかかわらず、まだ髪の毛を長くしていたら、「戦士とは関係なくビジネス長髪?」という感覚なんですよ。
基本的にマサイの人はみんな早く大人になりたいし、いつまでも美しく若々しく生きたいというのは、先進国の考え方ですね。
「生まれ変わる」という発想が全くない、マサイの死生観
――身体の弱い人や病気の人もいるかと思いますが、そういった戦士の人はどうするのでしょうか。
永松 ジャクソンの兄弟にも体が弱くて戦士活動ができない人がいますが、病気などの場合、修行は難しいのでそもそも、行かないです。かといって、同世代の全員が修行に行かないと大人になれないわけではなく、そういった厳しさはありません。
あと、結局、誰かは村に残って牛の管理をしないと生活が破綻してしまうので、お互いに大事な役目があるし、両方必要だということも理解しているんです。
ちなみに、ジャクソンの家の場合、一番上のお兄さんは学校教育を受け、ジャクソンは戦士として修行をし、弟は家に残って牛を育ててと、お父さんがそれぞれの素質を見て振り分けたそうです。
――父親が選んだ道ではない方向に行きたい場合もあるのでは?
永松 ジャクソンも、お兄さんが学校に行っているのを見ていたし、好奇心旺盛な人なので、学校に行きたかったそうですが、父親には逆らえないということで、仕方なく伝統的なマサイ戦士の道にいった、と話しています。
一方で、ジャクソンは戦士になったことに一ミリも後悔はないし、むしろ本当に良かったと喜んでいます。もしもう一度生まれ変わるようなことがあったらまたマサイ戦士になりたいらしいです。あ、でも、生まれ変わるという発想はマサイには全くないんですよ。
――マサイの死生観はどういったものですか。
永松 死んだら「無」ですね。魂もなければ生まれ変わるという考え方もない。ここがマサイの死生観の面白いところです。