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「日テレジェニック」オーディションの“裏側”

矢埜 所属していた事務所の先輩方が毎年、日テレジェニックの座を争う『アイドルの穴』というテレビ番組に参加していたんです。

 私が高校3年生のときには、芸歴的に次は私が事務所から送り出してもらえる可能性がある状況になっていて、そこでオーディションに参加させてもらえることになったのがきっかけでした。

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「ついに始まるのか……」「先輩たちが繋いできたバトンを途絶えさせてはいけない……」と考えながら、オーディションへ行ったのが2014年の2月13日ですね。

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――日にちまで覚えてらっしゃるんですね。

矢埜 あ、これは私の誕生日でもあって(笑) ただ、もちろん印象に残っている日でもあります。

――無事にオーディションを通過されたときは安堵されたでしょうね。

矢埜 それが、オーディションを突破したはいいものの、そこからもなかなか大変なんですよ。さらに地上波に出るための選考があって、10人くらいはイベントで落選させられてしまうんです。

――イベントというと?

矢埜 撮影会みたいな感じですね。どれくらいファンの方が来てくれるかがポイントになって、残った人だけがテレビに出られるシステムでした。

――イベントでの選考も無事突破されるわけですよね。どのような心境でしたか?

矢埜 「やっとテレビだ、やっと地上波に出られる!」が一番ですね。『アイドルの穴』もずっと見ていた番組だったし、テレビっ子だったし、そこに自分が出られるのは、夢のようというか、とにかく嬉しかったです。

©文藝春秋

 とはいえ、番組も番組で、毎週順位発表があって1人ずつ脱落させられていくサバイバル形式なんですよ。なので、とにかく気が気じゃない。順位をつけられる怖さがあって、精神的にはキツかったです。周りには緊張からか蕁麻疹が出てしまう子もいて。とにかくギリギリの状態でやっていました。ただ、渡しの場合、やっぱりテレビに出られる喜びが大きかったですね。

――『アイドルの穴』は、今の地上波番組ではなかなか見ることのない“お色気番組”でした。