きょう3月21日は平野レミの誕生日である。個性的なキャラクターゆえ、さまざまなエピソードを持つ平野だが、その一つにこんな話がある。
それは1985年、NHKの『きょうの料理』に講師として初出演したときのこと。平野が料理中、完熟トマトを包丁も使わず手で握りつぶしたところ、局に「NHKらしくない」「品がない」などとクレームの電話が殺到したという。だが、しばらくして新聞に「お見事でした。料理の真髄をついています」と絶賛する記事が出たおかげで、彼女は番組を降板させられることなく、その後、現在まで40年近く出演し続けている。
自由奔放な料理づくり
平野の自由奔放な料理づくりは常に人々の関心の的だ。別の番組の生放送中には、皿の上にブロッコリーをまるごと1本立てるというメニュー「まるごとブロッコリーのたらこソース」を完成させた途端、ブロッコリーが倒れ、これが思いがけずネットでちょっとした騒ぎになる。それでも、当人は《立っていようが倒れていようが味は同じ。おいしいことに変わりはないんだから全然悪くないと思うんだけど》と、まったく意に介さない(『平野レミと明日香の嫁姑ごはん物語』セブン&アイ出版、2015年)。
そんな平野は、料理研究家ではなく「料理愛好家」を名乗る。著書『家族の味』(ポプラ社、2021年)によれば、《「研究家」はおこがましい。私は料理学校に行ったことがないし、「研究」もしていません。ただ好きなだけ》というのがその理由だ。つくる料理も、あくまで主婦の家庭料理であり、手早く簡単にできるようレシピを考えている。
前出の『きょうの料理』初出演時につくったのは、「牛トマ」という平野の家に代々伝わる料理である。トマトを手でつぶすのは、そのほうが包丁で切るより断面がギザギザになって味がしみこみやすくなるからだという。
母から受け継いだ「料理のモットー」
「牛トマ」は彼女の父親で、フランス文学者・詩人の平野威馬雄が子供のときから食べていたものだった。威馬雄は、フランス系アメリカ人の父親と日本人の母親とのあいだに生まれ、その出自ゆえ、戦時中にスパイ容疑で逮捕されるなど差別も受けた。そうした経験から戦後は「レミの会」を主宰し、米兵と日本人女性とのあいだに生まれた父のない子供たちの救済活動に身を捧げることになる。レミというのは、威馬雄が少年時代、離れて米国で暮らす父(平野にとっては祖父)から手紙で呼ばれていた名で、小説『家なき子』の主人公の名前に由来する。ただし、娘のレミの名は、音符のドレミからつけたらしい。