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アカデミー授賞式で批判を集めた「人種差別」疑惑、本当は何が起こったのか…エマ・ストーン、ロバート・ダウニー・Jrそれぞれの授与シーンを整理

2024/03/22
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批判を集めたロバート・ダウニー・Jr

 もっとも批判を集めたのは助演男優賞だ。受賞した白人スター、ロバート・ダウニー・Jrは、アジア系の授与者キー・ホイ・クァンと目もあわせずにトロフィーを受け取り、うしろに立っていた白人の元共演者ティム・ロビンスと握手。それから振り返ったことでクァンを反応させたものの、白人の賛辞者サム・ロックウェルと拳をつきあわせて演説に入ってしまった。

オスカー像を持つキー・ホイ・クァン、手前がロバート・ダウニー・Jr ©時事通信社

 SNSではすぐにダウニーが失礼だと拡散された。ランドルフも似たようなことをしたものの、演説に行く前に授与者の手を握ることで親愛の情を示していた。

 批判派から大きな問題とされたのは人種である。結果的に、アジア系を無視した白人受賞者が挨拶したのは白人だけだった。「まるで使用人扱い」と例えられたダウニーのクァンに対する行動は、アメリカなどの国でアジア系の人々が日常で経験していることとよく似ていた。「人種のせいで軽んじられた」疑惑を表明しても「考えすぎ」「あらさがし」と返されて終わらせられてしまうお決まりの流れまで、SNS議論で再現されていった。米国でモデルマイノリティと呼ばれるアジア系は、優秀な少数派のイメージを持たれているとも言えるが、多数派にとって「わずらわしくない」、さらに言うなら真剣に配慮しなくてもいい対象と見なされやすい現実も否定できない。

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 少なくとも、ダウニーの行動はPR(広報面)の失敗だった。「人種差別主義者」という強い言葉を適用されるほどの確証はなくとも、愛想がいいイメージで人気を博してきた芸能人として「悪い見え方」だったことは確かだろう。

 アメリカの権威ある賞の生中継では、受賞者がハイになることでハプニングが起きやすい。2月のグラミー賞でも似た事件が起きていた。年間最優秀アルバム賞を獲得して興奮したテイラー・スウィフトが、一緒に壇上にあがった共作者らと大喜びしていたため、授与者のセリーヌ・ディオンと顔もあわせずにトロフィーを受け取ったのだ。白人同士なため人種問題の議論にはならなかったが、難病と闘いながらお祝いに来てくれた大御所に無礼だとしてSNSで批判されていった。

ロバート・ダウニー・Jrとプレゼンターたちとの舞台裏の一枚 ©時事通信社

 還暦前のダウニーにとって、今回のアカデミー賞は「復活の凱旋」だった。幼いころから父親にドラッグを与えられていた彼は、1990年代、20代にしてオスカー候補となる早成を遂げたが、薬物依存症で身をもち崩し、逮捕されるどん底を経験した。その後、2008年よりアイアンマンとしてマーベル映画を大成功させていき、このたびの出演作『オッペンハイマー』によって演技派としても認められて、ついにハリウッド最高の栄誉に到達したのだ。しかしその瞬間、すくなくない視聴者に遺恨を残してしまった。

 自分が思い出したのは、名優デンゼル・ワシントンの言葉だ。2022年オスカー授賞式中、栄光の受賞を目前にしながら司会者に平手打ちをする騒動を起こしたウィル・スミスに対して、彼はこう言ったという。「人生最高の瞬間にこそ、悪魔が取り憑こうとする。気をつけなさい」。