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―― 自分を励まされているように感じます。歌もよく歌っておられますよね。すぐ替え歌にしちゃったり。

哲代 なんもかんもボロが出ますな。

―― 今日、一曲披露してみます? 哲代さんが作曲した「中野ソング」のサビの部分だけでも。

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哲代 やってみようか。

(元気に歌い出すが、歌詞を忘れ、途中からチャラララ……で歌い切る)

哲代 失礼いたしました。

―― 無茶ぶりしてごめんなさい(笑)。チャララで歌い切るのはさすがでございます。

哲代 惜しいことしました。聞いてもらいたかったのに。

―― 哲代さん、最後に、いつも聞かせてくれるあの話をしてください。「物事っていうのは 表と裏があるから、悪いことが起きたときに、一方だけから見ちゃダメだよ。物事はいいほうから見ないと」っていつも教えてくれるじゃないですか。

哲代 そうですね、一生涯の中でね、いいほうに考えた方がね、 ずっと得ですけぇね。いいほうへ考えたほうがよろしいですね。もし、情けないことがあっても、ひっくり返してみたらいい面があるということはね、 これ真理でございます。100年生きたもんの真理でございますのでね、心配せずに 前を向いて生きましょうね。こうして100年生きてきたんでございます。だから、のんき、のんき!

―― のんきとはいえ、「自分を機嫌よくさせるのも、自分の折れた心を起こすのも自分しかいない」ってよくおっしゃっていますよね。「誰も起こしてくれないもんね」って。

哲代 そうですね、自分で自分の心をコントロールせにゃいけませんな。はい。 皆さんはそのようにされとる人ばっかりだと思います。拍手~!

(会場、大きな拍手)

―― 最後に一言、皆さんに。

哲代 とにかく前を向いて生きましょう。後を振り返ったところで何にもなりません。あーしまったと思ったところで後の祭りです。しもうたと思うたら、早くひっくり返していいほうに考えて、自分は100年生きてきたような気がするんです。ひとつ、元気でおやりくださいね。どうもありがとうございました。

 

石井哲代(いしい・てつよ)

1920年、広島県の府中市上下町生まれ。20歳で小学校教員になり、56歳で退職してからは畑仕事が生きがいに。近所の人からはいまも「先生」と呼ばれている。26歳で同じく教員の良英さんと結婚。子どもはおらず、2003年に夫が亡くなってからは親戚や近所の人に支えられながら一人暮らしをしている。100歳を超えても元気な姿が「中国新聞」やテレビなどで紹介されて話題になり、2023年1月に刊行した初めての著書『102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方』がベストセラーに。

 

木ノ元陽子(きのもと・ようこ)

1970年、大阪府堺市生まれ。中国新聞社編集局次長。

 

鈴中直美(すずなか・なおみ)

1973年、広島県東広島市生まれ。中国新聞社報道センターくらしデスク。