2020年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなった志村けんさん(享年70)。笑いの神様は今も皆の心の中で思い出とともに生き続けている。志村さんの知られざる私生活から笑いの哲学などの秘話を、友人で女優の橋本マナミさんが明かした記事を再公開する。(初出:2021年3月27日 年齢、肩書は当時のまま)
◆
「お正月には『山形で新年迎えられましたか。お酒飲んでますか。私も実家です』、週末には『今日の競馬、どうでしたか?』って、そんなLINEを送ってくれました。ほんとうに気に掛けていただきました」
何気ない休日のLINEのメッセージ。その送り主は、昨年3月29日に天国へと旅立った志村けんさん(享年70)だ。
送った相手は、女優でグラビアモデルの橋本マナミ(36)。志村さんと共演するようになってから、たびたびLINEのメッセージを送り合ったという。
2010年代後半には、志村さんの番組の常連出演者となった橋本は、ネットメディアで“志村けんの正室の座を掴んだ”と報じられたことも。実際の2人はどんな関係だったのか。そして、彼女が間近で見た志村さんの素顔とは――。一周忌を前に、橋本が「文春オンライン」の取材に答えた。
嬉しそうに「いける口ですか?」
山形県出身の橋本は1997年に「第7回全日本国民的美少女コンテスト」で演技部門賞を受賞して芸能界入り。16歳でグラビアデビューし、20代後半で大ブレイク。その大人っぽい魅力から「国民の愛人」「愛人にしたい女No.1」などのキャッチフレーズで知られる。
志村さんとの出会いは、橋本が2015年5月に放送された「志村座」(フジテレビ系)にゲスト出演したときだった。橋本が当時を振り返る。
「最初に出演したときは、ほかのゲストの女性たちと一緒に打ち上げに参加させてもらいました。会場は麻布十番にあるカジュアルなフレンチのお店。最初に、志村さんと同じお酒を注文したら、『いける口ですか?』って嬉しそうに聞かれましたね。ご飯もたくさんごちそうになりました」
その出演から半年後、志村さんに可能性を見出された橋本は、2015年10月から始まったコント番組「志村の時間」(フジテレビ系)のレギュラーに抜擢される。スナックのママという役柄で、橋本としては初めて本格的なコントに挑戦することになった。
「志村さんは積極的にアドバイスされる方ではないのですが、私が不安で『どうしたらいいですかね?』って尋ねたら、『大丈夫だよ。マナミちゃんが笑いそうだったら笑っていいんだよ』と言ってくれて……。そうやって毎回、緊張しない現場作りをしてくれました」