シャンパンは薄められ、平均年俸は16球団最低
この八百長事件には、入り組んだ背景があった。まず指摘されたのは、ホワイトソックスのオーナー、チャールズ・コミスキー(彼も元メジャーリーガーだ。セントルイス・ブラウンズの一塁手で、39年には殿堂入りを果たしている)が異常なほど吝嗇だったことだ。17年にワールドシリーズ制覇を果たしたにもかかわらず、選手の平均年俸は、両リーグ16球団を通じて最低だった。最低生活を送るのに年間2000ドルが必要だった時代に、ジョー・ジャクソンの年俸が6000ドルだったというから、これはひどい。
それだけではない。優勝祝賀会のシャンパンは水で薄められた。ストッキングの洗濯代を惜しんだため、選手たちの履くホワイトソックスはいつも黒ずんでいた。「ブラックソックス」の異名はただちに八百長事件を連想させるが、もとを糺せば、たんに洗濯代を惜しんだ「しみったれ」にさかのぼる。
まだある。エース右腕のエディ・シコット(彼も8人のうちのひとり)などは、「30勝以上したらボーナスを払う」という約束を交わしていたにもかかわらず、29勝をあげた時点で登板機会を完全に奪われてしまった。あまりのあくどさに笑い出したくなるが、現在のメジャーリーガーの高年俸の背景には、安給料が招いた過去の事態に対する後悔が横たわっているのかもしれない。
昔も今も変わらない賭博師の暗躍
賭博師の暗躍は、昔もいまもそう変わっていない。水原氏に多額の金を信用貸ししたのはマシュー・ボウヤーというブックメーカーだが、ブラックソックス事件のときは、ジョー・スポート・サリヴァンというブックメーカーが絵図を引いた。
サリヴァンはまず、ホワイトソックスの不満分子チック・ガンディル一塁手に狙いを定めた。当時、チーム内は「スマートで高給取り」のエディ・コリンズ一派と、「武骨で薄給に甘んじている」ガンディル一派に分かれて、内紛が絶えなかったのだ。
ガンディルは、フェンウェイパークに近いホテルでサリヴァンから8万ドルを受け取った。そのサリヴァンを操っていたのが、「暗黒街の帝王」アーノルド・ロスティーン(日本ではロススタインと呼ばれるが、映画での発音に従う)だった。
ユダヤ系犯罪組織を築き上げたロスティーンは、あのラッキー・ルチアーノやフランク・コステロ(ともにマフィアの大物)に影響を与えたフィクサーである。ブラックソックス事件では証拠不十分で不起訴処分となったが、事件の調査団は彼の関与を確信していたようだ。水原氏の事件でも、ボウヤーの背後に捜査のメスが入る可能性がある。
いずれにせよ、ホワイトソックスの8選手は、全員が永久追放処分を受けた。
三塁手バック・ウィーヴァーなどは、金銭をまったく受け取らず、手抜きプレーも一切行っていなかった(ワールドシリーズでは34打数11安打)のだが、「計画を知りながら、球団に報告を怠った」という理由で責任を問われている。
1920年、球界浄化の機運に押されて初代コミッショナーに就任した判事ケネソー・マウンテン・ランディスが苛斂誅求の人だったこともきびしい判決につながった理由のひとつだろう。8人の選手たちは、20年のシーズンを最後に、永久追放されてしまう(ガンディルは1年早く、19年に契約解除)。