「悪の道に下るのも魅力的」と思わせてくれる一冊は?
(6)『影との戦い ゲド戦記1』アーシュラ・K・ル=グウィン 岩波書店
フェミニスト性が強く打ち出されたSFファンタジー・シリーズ。だが、このような惹句では生ぬるいほど奇妙なシリーズに思える。ル=グウィン翻訳の老子『道徳経』も参照。老子『道徳経』は、権力と幸福について、そして人生の意味について考える中国の古典。
(7)『ドリアン・グレイの肖像』オスカー・ワイルド 岩波文庫
美しい男性が魂を売り渡して永遠の若さを手に入れる。だが、自分の肖像画の容貌は老いて醜く変わり果てていく。道徳的な寓話だが、悪の道に下るのも十分魅力的と思わせてくれる。アートの本質について述べたワイルドの痛烈な一言で本書は幕を開ける。「序言」の最後にこうある。「すべての芸術はおよそ無用なものである」
(8)『ブロディーの報告書』J・L・ボルヘス 岩波文庫
わたしの好きな詩人フィリップ・ラーキン同様、ボルヘスは偉大なる図書館員作家だ。ただし図書館員のような知識を備えているという点では、ボルヘスはラーキンより明らかに上だ。なぜなら、『千夜一夜物語』のほか、日本の赤穂浪士の話やビリー・ザ・キッドの神話などの古い文献を巧みに利用し、自身の作品として再構成してしまうからだ。ボルヘスは物語を真剣に受け止める(が、必要以上に真剣に受け止めることはない)人たちに、一本一本織り上げる。
(9)『素粒子』ミシェル・ウエルベック ちくま文庫
比較的最近の作品(1998年)だが、時代を超えたものを感じさせる。「人間嫌い」の要素があるかもしれないが、それは性的な関心を示さない男性の心理に深く切り込んでいるからだろう。避妊薬によってもたらされた1960年代の性解放運動を考え、これを1980年代の経済の自由化とも比べている。結果として性解放運動と経済の自由化の両者によって一部の者がひとり勝ちし、大勢の敗者が苦汁を飲むことになった。
(10)『源氏物語』紫式部 岩波文庫ほか
平安時代中期に成立した長篇小説。恋愛、栄光と没落、権力闘争などが描かれる。ちなみに日本人作家の作品としては
『武士道』新渡戸稲造 岩波文庫
も挙げたい。カリフォルニア州モントレーで書かれ、1899年フィラデルフィアで出版。日本以上に世界で評判の一冊。
※(1)~(10)については、順不同です。