「僕で大丈夫なのかな」
──「鬼平」の構成をされるようになったきっかけは?
ひきの ビッグコミックの元『ゴルゴ13』担当編集の倉品雅一郎さんの紹介です。3年前にさいとう先生がお亡くなりになり、先生の右腕として「鬼平」の構成をされていた甲良幹二郎さんの代わりの構成者を探していたようです。
声をかけられて嬉しかった反面、「僕で大丈夫なのかな」という不安もありました。さいとう・たかをといえば、我々の世代にとっては憧れの存在ですから。その手伝いをさせていただくというのは、恐れ多かったですね。
──「鬼平」は読まれていたんですか?
ひきの 時々、ラーメン屋に置いてあるのを拾い読みしていたくらいです。ただ、池波正太郎の時代小説は好きで、よく読んでいました。たんなる勧善懲悪じゃなく人情の機微が書かれていて、リアルでしたね。
マンガで時代劇を描いたことがないんです。最初は着物がまったく描けなかった。「鬼平」にかかわったことでずいぶん勉強になりました。
──さいとう先生とは生前、交流はあったんですか?
ひきの 出版社のパーティで石森章太郎、手塚治虫ら大御所の方々と同じテーブルにさいとう先生も座っていらして、遠くから眺めることはありましたが……その世代の方々とは誰ひとり、会って話したことはないです。
貸本はよく読んでいました。さいとう先生の『台風五郎』が好きでしたね。その後、「ボーイズライフ」という雑誌でさいとう先生の『007』シリーズを読んだときはショックを受けました。シャープな線が魅力的で、「わー、格好いいな」と。まるでアメリカ映画のようでした。
──3年間、「鬼平」の構成を担当されましたが、もう慣れましたか?
ひきの 毎回大変で、楽ではないです……。僕のマンガはほとんどが原作付だったので、シナリオをネームに割ることには慣れているんですが、緊張感は毎回あります。「鬼平」という国民的劇画を僕のコマ割りでダメにしたらどうしよう、という怖さがあります。
さいとう劇画は映画
──さいとう劇画に特有の構成というのはありますか?
ひきの 例えると、映画とテレビドラマの違いに近いかもしれません。さいとう劇画は構図に映画の手法を取り入れているんです。ロングショットの場面が多く、画面に奥行きがある。特に初期の「鬼平」は1話の分量が多かったせいで、まるで1本の映画を見るような感じがします。
最近のマンガはよりテレビドラマ的になっていて、人物のアップが多い。引きの絵が少ないんです。その方がキャラクターを立てやすいんでしょうか。そんな時代の流れの中でも、「鬼平」は独自のテイストを守っていきたいですね。
──あらためて、さいとう劇画の魅力を教えてください。
ひきの やはりマンガを開拓したフロンティアのひとりですから。劇画の創始者であり、尊敬の念しかないですね。
一時は、反発したこともあったんです。なんで『ゴルゴ13』がいつも読者投票で1位なんだって。しかし、同じ雑誌で連載していると、その凄さが分かってくるんです。同じ設定、同じキャラで長年続けられるのは、並大抵のことではない。
──今はさいとう劇画を後世に伝える役割ですね。
ひきの マンガはもはやカルチャーのひとつで、昔で言えば浮世絵みたいなものです。その代表作に絵師のひとりとして関わるわけで、歴史の一部になるようで光栄です。
いま少年マンガが世界中に広がっていますが、その読者が成長すると、青年マンガの読者になると思うんです。そうなると、「鬼平」も世界的になるのでは、と期待しています。江戸時代の人の情の機微は、世界共通だと思いますから。
ひきの・しんじ
1952年、大阪出身。学年誌で活躍後、『みんな元気か!』で連載デビュー。著書に『やぶ医者のつぶやき』、『華中華』など多数。代表作『ビッグウイング』はテレビドラマ化された。2021年より『鬼平犯科帳』の構成を担当。