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 じつはこの駅、昔はもっと奥行きがあった。「指先」の数百メートル先まで延びた線路の突端は、本当に隅田川に接していた。それどころか、線路と線路の間にはドックのような入り江があり、貨車と船が荷物を直接受け渡せる構造だったのだ。

 しかし戦後は物流の主役をトラックに奪われ、隅田川駅は次第に規模を縮小。いまでは駅と川の間には高層マンションが林立し、水運時代の面影はない。

 南千住駅から隅田川駅の駅本屋(駅の主要施設が入る中心的な建物)に向かうには、「手首」の部分を跨線橋で渡っていく。今回の取材で幾度もこの橋を渡ったが、いつも一人か二人、橋の上から構内作業を眺めている人がいた。東京駅から直線で6キロ、上野駅からわずか3キロの大都会に、マンションに囲まれて貨物駅が存在すること自体が不思議だし、見飽きることのない異空間なのだ。

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 構内全域が見渡せる駅本屋の中でも、最も見晴らしのいい席で仕事をしているのが、輸送助役の高野親一さん。駅長の下で、その日駅を発着する貨物列車の運転業務を統括する責任者だ。今年4月「東京タ」から異動してきた。

隅田川駅で稼働するフォークリフト

「列車がダイヤ通りに走っていると、私の出番はないんですよ」と謙遜するが、じつは激務だ。コンテナの積み付け検査(貨車が正しく積まれているか、固定されているか、扉の鍵は閉まっているかなどをチェックする作業)を終えて、信号担当に発車の指示を出すのも彼の仕事だ。

「発車時刻が迫っているのに検査が終わらないことがある。ハラハラしますよ」

「定時運行」が「安全に次ぐ優先重要課題」である理由

 昔は貨物列車専用の路線が首都圏各地にあったが、民営化の際にJR貨物は極限までのスリム化を迫られ、路線などの資産は旅客会社に移管した。それにより、昔は貨物列車の路線だったところを旅客列車が走るようになった。

 埼京線や横須賀線の一部、京葉線、武蔵野線などは、元は貨物列車のために敷かれた線路だったのだが、いまでは貨物列車が旅客鉄道会社の線路を借りて走る形になった。ダイヤは旅客鉄道会社に委ねられるので、ひとたび貨物列車で遅延が生じると色々とややこしいことになる。JR貨物の鉄道マンにとって「定時運行」は安全に次ぐ優先重要課題なのだ。

「“時間に追われている”という意識は家に帰っても抜けません。つい子どもにも時間厳守を厳しく言いがちなんです」

 と苦笑する高野さん。じつは運転士に憧れて、鉄道学校の流れを汲む岩倉高校を卒業したクチだ。