『ミライミライ』(古川日出男 著)――著者は語る
国籍も性別も不明、アジア系と思われる子どもが、こちらをスッと見つめる装丁。明るくも、どこか呪術的な響きのあるタイトル。そして著者は、小説の可能性を問い続ける古川日出男。読者はページをめくる前からどこかへ連れて行かれることを期待し、覚悟する。
『ミライミライ』は、こう始まる。
〈むかしむかし、詩人たちは〉
舞台は、戦後、ソ連に占領された北海道(後に返還)と、インドの連邦国家になった本州以南「インディアニッポン」だ。インドと日本がひとつの国になるという発想は「インドカレーを食べていて思いついた」と古川さんは笑う。
軍用犬を主人公にした傑作『ベルカ、吠えないのか?』でも“もうひとつの戦後史”を描いた古川さんに「もう一度偽史を書いた意図は?」と尋ねると、安易な質問ははねつけられた。
「小説を含めたフィクションは嘘です。でも、僕は今回、偽史や“ifの世界”を書いたつもりはありません。ディズニーランドのようなわかりやすい虚構ではなく、これは現実であり“本当のこと”かもしれない――読者がそう考えるような別世界を創り上げたかった。だから連載中から『すごくリアルだ』という感想が多かったのは、嬉しかったですね」
主人公は最新"(サイジン)というヒップホップグループのメンバーだ。彼らのリリック(詩歌)が、過去と現在、未来を行き来する文章に独特のリズムをもたらす。
「散文を書くことと、詩歌のような韻文を書くことは別物です。韻文では文字から“音”が聴こえないといけません。漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット、そしてルビを駆使して、音を表現したつもりです。執筆途中、自分に一番近いと感じたのは言葉を操るMCではなく、音を拾い、音を繋げ、音楽を編んでいくDJの産土(うぶすな)でした。小説家は、舞台の中央で言葉を操るのではなく、言葉が乗る背景、つまり世界を用意することが仕事なのかもしれません」
戯曲や朗読劇も手がけてきた表現者・古川日出男の問題意識は、明確だ。
「言葉の力で、暴力的な現実に立ち向かっていきたいんです。今回は、拳銃やミサイル、作中にも登場した核兵器と対峙できるだけの強度を持つ言葉を、どこまで一冊の本に織り込めるかに挑戦しました。言葉が現実に勝つ必要はありません。でも、最前線に立ち続け、激突しないと意味がない。僕は娯楽や現実逃避のための小説は書いていませんから」