現在まで渡辺容疑者が「詐欺」で逮捕されていない理由は…
マニュアルを通じて最も印象に残ったのは、渡辺容疑者は金銭を要求する対象である「おぢ」を、少なくとも文章の上では馬鹿にしていないことだ。
金銭を要求する前段階でコミュニケーションを取って相手の人となりを知ることや、相手を引き付けるために毎日LINEをすることなどを強調しており、「モテないおっさんにタカれば楽勝だよ」という雰囲気は文章には現れていない。
自分がコントロールしている相手や、見下している相手のことを書く際はどうしても人を舐める気持ちが出てしまうものだが、マニュアルからその雰囲気は読み取れない。「嘘をついて金を引っ張る」という行為に真剣に向き合っている様子さえ見えてくる。
象徴的なのは、渡辺容疑者が今回逮捕された容疑は「詐欺の幇助」であり、自身が行った「詐欺」そのものではなかったことだ。
今後の捜査で渡辺容疑者が詐欺で立件される可能性は十二分にあるが、現在まで渡辺容疑者が詐欺で逮捕されていないのは「アフターケアをうまくしており、金銭を支払った相手が詐欺だと感じていないから」だという可能性は十分にある。
渡辺容疑者がマニュアルの中で、直接金銭の授受と関係ないアフターケアの大切さを「最も重要」と強調していたのは書いたとおりだ。
しかしマニュアルを購入して「頂き」行為を行った女性の中には、男性を「金銭を搾取する対象」だと思って接し、アフターケアに失敗して詐欺を表面化させてしまう人がいた。
渡辺容疑者のマニュアルを読んで詐欺を行っていた女性が多額の金銭を受け取っていたことは、このマニュアルの「有効性」を証明している。しかし、マニュアルを買う女性たちの心理を理解しきれず、アフターケアの重要性を伝えることには失敗していたのかもしれない。
人間の感情や好意が「技術」によってある程度コントロールできるということは、アメリカの社会心理学者、ロバート・チャルディーニ博士の著書『影響力の武器』や、オウム真理教のマインドコントロール、『ぼくは愛を証明しようと思う。』(藤沢数希/幻冬舎)で提唱されたナンパマニュアルである「恋愛工学」の理論など、さまざまな場で提唱・実践されている。
渡辺容疑者のマニュアルにも、『影響力の武器』に登場するような原理がふんだんに使われており、「話していて楽しい」と思わせることは『返報性の原理』、恋愛感情を抱かせる会話を行うのは『好意の原理』、「お金を払わないと会えなくなる」と思わせることは『希少性の原理』と通じるものがある。
私たちは生きていく以上、他者との関わりを避けて通ることはできない。しかしこれから感情や好意をコントロールする方法の精度が上がっていけば、いつか大規模言語モデルのAIによって、迷惑メールのような形で広くアプローチしてくる「頂きAI女子」が出てきてもおかしくない。
そういった詐欺に騙されないためにも、心理操作のテクニックを知っておく必要性は上がり続けているのだ。