取材を始めた頃は、一泊500円というおそろしく安い宿を中心に泊まって活動していた。一週間泊まって3500円だったので、貧乏人にはとても助かった。
当時、僕が一番長く泊まっていた500円の宿は、部屋を上下に二分割されていた。「502上」みたいな部屋番号だった。
上の部屋で泊まる人は、ハシゴを登らないと部屋に入ることができない。当たり前だが天井は低く、部屋の中では立つことはできなかった。
冷暖房はあったが、館をまるごと冷やしたり、温めたりするので、自分の部屋では調整ができない。冷気を部屋に引き入れるため、ドアを開けっ放しにしていると、「おえぇええ!!」とゲロを吐く声や、トイレやタバコの臭いが漂ってきた。
最低な環境なのになんかワクワクしたのを覚えている。
ちなみに今でもドヤに泊まるが、ホテル予約サイト「じゃらん」で予約することが多い。一泊1500~3000円くらいの宿で連泊する。部屋やサービスに問題はないのだが、深夜1時くらいの門限で施錠してしまう宿もあるので注意が必要だ。
飲み会で遅くなって帰ってきたら、中に入れなくなっていたことがあった。仕方なく、近くのネットカフェに移動して、朝のドアが開く時間まで寝た。まことに馬鹿馬鹿しい出費だ。
「昔はドヤのカウンターでシャブ売ってたんやで」
二分割された狭い部屋の窓から外を見ると、路上に立つ怪しげな人たちが見えた。覚醒剤などの違法薬物を販売している売人だった。まだ少年に見える売人もいた。見つからないようにコソコソしているという感じではなく、堂々と商売をしていた。
当時は、路上にはたくさんの屋台が出ていた。手作りで作られたボロい屋台で、売っているのは安酒と、チーズ、缶詰などの保存がきく商品だけだった。実はほとんどの屋台が覚醒剤を販売していた。問題になって全部取り壊されてしまった。
「屋台でシャブ売ってるくらい普通やっちゅうねん。昔はドヤのカウンターでシャブ売ってたんやで」と話を聞いたオッサンはなぜか得意げに言っていた。真偽のほどは分からなかったが、覚醒剤が非常に近くにあるのは事実だった。
西成にあるコンビニのトイレには「便器に注射器を捨てないで」という注意書きが書いてあったし、ごみ捨て場のポスターには「覚醒剤1パケ0.03g」と、売人が連絡先を書いていた。
今はここまであけっぴろげに、シャブを売る人は見られなくなった。かわりに、「居酒屋で覚醒剤を売るな!」という黄色と緑で書かれた怪しげな看板がいくつも出ている。なんとも不穏な雰囲気を醸し出している。
話を聞くと、貸した物件で覚醒剤を売られたオーナーが反撃で看板を出したのだそうだ。