無意識の中のニューロンを活性化するには?
古川 半年間うんうん唸って準備していたからこそ、その瞬間に出会えたんでしょうね。アーカイブと言っても、本や音楽や映画などの表現物だけではもちろんなく、きのう友達と話したこととか、おととい行った定食屋さんのたたずまいとか、さきおととい見かけた子犬の走ってる様子とか、去年の旅先で発見した優秀なギャルソンとか。出会ったことすべてがごった煮になっていて何が引っ張り出せるか自分ではわからない。
変な言い方ですが、無意識を意識しておくというようなことですかね。一番強いのは、無意識から生まれてくる意外なものの結合なので。
龍崎 私が本書で書いた「思考を発酵させる」こととも深く共鳴する知見だと思いました。無意識の中でごった煮になっているニューロンを活性化させるために、古川さんが心がけているインプット方法などありますか?
古川 変わったインプット法は特になくて、興味があるものを見聞きするのは皆さんと同じ。一つだけ意識しているのは身体性で、人はやっぱり身体で考えているんですね。例えば、今の話がおもしろいとかおもしろくないとかの受容も身体が先行して感じて、事後的に頭が確認している。
行為もまた然りで、例えば、運転中にブレーキを踏むとして、ブレーキを踏むという意識以前の行為が、ブレーキを踏むぞという意識よりほんの少し先行するんですね。意識は遅れて現れるんです。
龍崎 体に思考がついてくるわけですね。
古川 メルロ=ポンティは「身体こそ意識である」と言っています。人は身体で受け止めて、身体で考えている。だから広告であれ、どんな商品であれ、サービスであれ、受け止めてくださる方の身体に打ち込まないとダメなんですね。頭だけだとそれはただの情報にすぎなくて。身体に届くことで、深いところに記憶が残る。
だから、なにかアイデアを考えるときも、「今、自分は身体でちゃんと考えられているか」、「今やろうとしていることは届けたい人の身体に届くものか」は意識しています。
生命に対する肯定感と感傷が爆風圧で押し寄せて…
龍崎 すごく勉強になります。私は世代的にも、古川さんが手掛けたポカリスエット「ガチダンス」シリーズ「でも君が見えた」がポカリCM史上最高傑作だと思っていて、もう自分自身の生命に対する肯定感と感傷が、ものすごい爆風圧で押し寄せてくるんですね。まさに身体に打ち込まれる表現でした。
古川 ポカリスエットはブランド広告なので、 ブランドの本質価値とフィロソフィーをCMにする仕事です。それも1ミリも説明的でなく身体的に。 効能を語るのではなく"Life文脈"で語ると10年前から決めています。
“Life”は巨大な単語で、日本語で言うと人生・生活・生命の3つの意味がある。身体全体を考えてヒトが生きていく力をつくる。要は生命力ですね。世界の中でポカリスエットが受け持つのはそれで、そこからLifeすべてをポジティブな方向に向かわせる。やっていることはずっとそれです。考えるときにすごく身体性を意識するようになったのは、この仕事のおかげです。
龍崎 無意識から引っ張り出した発想で、いかに人の身体に届くものを生むか、発想とクリエイティブジャンプの真髄を今日は学ばせて頂きました。貴重な機会を本当にどうもありがとうございました。
古川 こちらこそありがとうございました。
龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
1996年生まれ。ホテルプロデューサー、株式会社水星代表取締役CEO。東京大学経済学部卒。2015年、在学中に株式会社L&Gグローバルビジネス(現・水星)を設立し、北海道・富良野でペンション運営を開始。その後、関西を中心に、ブティックホテル「HOTEL SHE,」シリーズを展開し、湯河原、層雲峡をはじめ全国各地で宿泊施設の開発・経営を手がける。クリエイティブディレクションから運営まで手掛ける金沢のスモールラグジュアリーホテル『香林居』がGOOD DESIGN賞を受賞。ホテル予約プラットフォーム『CHILLNN』や産後ケアリゾート『HOTEL CAFUNE』など、従来の観光業の枠組みを超え、〈ホテル×クリエイティブ×テック〉の領域を横断し、独自の事業を展開する。
古川裕也(ふるかわ・ゆうや)
1956年生まれ。クリエイティブ・ディレクター。株式会社古川裕也事務所代表取締役。1980年に電通に入社し、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、シニア・プライム・エグゼクティブ・プロフェッショナルを歴任し、2022年に独立。クリエイター・オブ・ザ・イヤー、カンヌライオンズ47回、D&AD、One Show、アドフェスト・グランプリ、広告電通賞(テレビ、ベストキャンペーン賞)、ACCグランプリ、ギャラクシー賞グランプリ、メディア芸術祭など内外の広告賞を400以上受賞。2020年D&AD -President's Awardをアジア人で初めて受賞。主な仕事に、九州新幹線全線開業「祝!九州」、ポカリスエット「ガチダンス」シリーズ「Neo合唱」「でも君が見えた」、GINZA SIXローンチキャンペーン、宝島社「死ぬときぐらい好きにさせてよ」など。著書に『すべての仕事はクリエイティブディレクションである。』。アドタイコラム「脳のなかの金魚」など。
INFORMATION
特別トークイベント 5月15日
龍崎翔子✕田内学
「10代で起業したときに知っておきたかったお金の話」
https://www.eslitespectrum.jp/news/528a1b10-adb8-4479-826f-936172712e2d