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閃きの秘密は「ニューロンのアーカイブ」

古川 クリエイティブの発想において、「これは絶対にいける」と最初から瞬時に閃くことはないし、そう思ったものは大体錯覚。神様は人間の脳をそう設計したらしい(笑)。

 でも「こっちはダメだ」というのは、100%わかるんですよね。思考の初手からすぐに「やってはいけない」方向性はわかる。だから、その案件の「正解ゾーン」を狭く決めて、その中で次々と仮説を並べて、どんどん消していくのが一番確実な発想法だと思いますね。そのうちに、「どうやらこのへんらしい」というふうにコツンと音がする。

古川裕也氏

龍崎 なるほど!

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古川 アイデアはニューロン同士がネットワークを形成して生まれると言われます。ということは、思いつくというより、ふだん無意識ゾーンでひっそり存在しているものが引っ張り出されて、それに気づく、という方が近いと思います。外部入力と内部のニューロンが突如、結合するケースもあります。

 ニュートンの「万有引力の法則」の発見は象徴的な事例で、「なんかモノって必ず落ちるよな」ってぼんやり思っている内部と、“リンゴが落ちる”という外部入力とが結合して、あの偉大な発見が生まれた。

 つまり、自分の中の「無数のニューロンというアーカイブ」をリッチにしておく他ないんですよね。人はアイデアのクリエーションにおいて“準備”しかできない。これは来週のプレゼンの準備とかではなくて、長期的準備、というか生きていくことそのものが準備になるということだと思います。言い換えると自分が手ぶらだとなんにも生まれない。地下3階くらいにある自分の無意識ゾーン次第なんです。意識されてるものだけだとそれほどのことにはあまりならない。

「蒸溜だ!」とクリエイティブジャンプが起きた瞬間

龍崎 今のお話を聞いて、僭越ながら、小さなスケールですが私自身の体験を思い出しました。金沢のホテル「香林居」を開発することになった時、わりと早い段階で、古川さんの言葉でいうところのコア・アイデアは見えていました。このホテルのある香林坊は、還俗したお坊さんが薬種問屋を営んでいた由来のある地で、そこから「処方」をコンセプトにしようと決めていました。でも、何を処方するの? というのがずっと自分の中でわからなかった。本当の薬局みたいに漢方を処方するのがいいのか、あるいはハーブやお茶か……アイデアは一杯あるけれど、どれも決め手に欠けて、ミーティングでも半年以上結論を引き伸ばしていました。

 でもある時、仕事とは関係のない用で、ある知人のオフィスに遊びに行ったら、おもてなしでノンアルコールのクラフトジンを出してくれたんですね。本当に透明な水のような感じで、嗅ぐとめちゃくちゃいい香りがする。

 どういうことだろう?って思って、話を聞いたら「この成分は水と同じですよ。でも、その中に、様々な香り成分が溶け込んでいます」と。草木、ハーブ、果実、お花などの香り成分が溶け込んでいて、すごく良い香りだし、花や草木の調合によっても香りが異なり、シーズンによっても違う一期一会の香りだという。

芳香蒸留水を用いた「香林居」屋上のサウナ

「あっこれだ、蒸溜だ!」と閃きました。そこにある土地の香りを一期一会で調合して、お客さんに処方することが、自分たちのやるべきことだったんだと一気に繋がりました。だって、香る林に坊で「香林坊」ですし、林の香りを提供しよう、と(笑)。それでホテルのエントランスに巨大な蒸溜器を置いたのですが、私の中のニューロンが手を結んでクリエイティブジャンプを起こしてくれた好例です。