『オッペンハイマー』の中に「何が映っていないか」についての読み解きについて、日本の観客は、概ね高い解像度を持っていると思われる。子どもの頃から、平和学習や8月ジャーナリズムなどを通じ、被爆者の声を少なからず聞き続けてきた。だからこそ、「映っていない」広島や長崎の様子を、私たちは補完的に重ねることができる。
他方で、同じような度合いで、『関心領域』を読み解くことができるだろうか。例えば筆者も、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所やザクセンハウゼン強制収容所に訪れ、ホロコースト生存者の方にインタビューをし、ホロコースト研究者の方々の話を聞いてきたものの、映画の中には多くの解釈不能な表象があり、自分の関心領域のあまりの狭さを痛感した。この痛感こそ、映画の効能の一つであった。
様々な反応を呼んだアカデミー賞での「反虐殺」スピーチ
さて、本作は、「ウクライナの非ナチ化」を掲げたプーチン政権が本格侵攻を続け、ホロコースト被害者という語りをシオニズムに活用するイスラエルがパレスチナの民族浄化を進める最中に公開された。
3月10日に行われた米アカデミー賞の授賞式にて、『関心領域』は、イギリス作品としては初めての国際長編映画賞を受けた。受賞スピーチにおいてジョナサン・グレイザー監督は、次のように語る。
私たちは現在を反映して、現状と向き合うために、本作においてすべての判断を下してきました。過去の過ちではなく、現在を直視するためです。
この映画は人間性の喪失が招き出す、最悪の事態を描いています。それは私たちの過去や現在を形作ってきました。私たちは今、ユダヤ人の歴史やホロコーストの概念が乗っ取られて、無実の人々を苦しめる争いに用いられていることに、強く抗議します。
10月7日のイスラエルへの攻撃も、現在のガザ侵攻も、すべてこの人間性の喪失による犠牲です。それにどう立ち向かうべきなのか。
(Xの「『関心領域』公式アカウント」より)
ジョナサン・グレイザーのスピーチに対しては、多くの反響があった。会場での拍手に止まらず、共感を表明する記事も多く書かれた。他方で氏のスピーチが「反ユダヤ的」であるとして、抗議の署名を寄せるハリウッド関係者も多く現れた。