残忍な破壊兵器を生み出し、世界のあり方を一変させた、ある物理学者の実像。映画『オッペンハイマー』は一人称視点と独自の構成で、“原爆の父”と英雄視されながら“破壊者”の自覚に苦悩した、ロバート・オッペンハイマーの複雑な心理に迫る。これまでに10億ドル近い世界興収を記録し、第96回アカデミー賞では最多13部門にノミネート。クリストファー・ノーラン監督が『ダークナイト』『インターステラー』に続く新たな代表作を作り上げた。
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最大の特徴は没入感にあり
180分間、終始圧倒された。
ねじ伏せられた、という感覚に近いかもしれない。
『オッペンハイマー』は第二次世界大戦中に原子爆弾の開発を主導し、“原爆の父”と呼ばれた物理学者、ロバート・オッペンハイマーの生涯をたどる伝記映画だ。
しかし似たような伝記映画はこれまでに観たおぼえがない。
最大の特徴は、その没入感にある。
本作が扱う時代は、オッペンハイマーがケンブリッジ大学で物理学を学んだ1920年代から、“赤狩り”の狂騒下、スパイの嫌疑がかかり原子力委員会の聴聞会に問われる1950年代まで。
「1.核分裂」と題されたカラーのパートと、「2.核融合」と題されたモノクロのパート、そのふたつにより構成されるが、物語は実験に勤しむ若き日のオッペンハイマーを映したかと思えば、次の場面では聴聞会で追及を受ける彼のくたびれた表情に肉迫するなど、異なる時代を頻繁に行き来し、明快な全体像を示さない。
そして情報量の多い会話と矢継ぎ早の展開で、戸惑う間すら与えず、観る人を物語に巻き込んでいく。
3時間20分の内容を3時間にまで圧縮
『オッペンハイマー』は濃密だ。
その理由が脚本に当たるとよくわかる。
多くの作品では、脚本のページ数と完成後の上映時間がほぼ一致する。たとえば本作と同様、本年度のアカデミー賞作品賞にノミネートされた『バービー』は、115ページの脚本を114分の作品に仕上げている。
もちろん例外は多々あり、同じ作品賞候補の『哀れなるものたち』は97ページの脚本を141分に引き延ばしているが、演出上の余白を考えれば、脚本のページ数を上映時間が割り込むことはそれほどない。