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 だが原爆投下の惨状は、彼がそれを幻視するシーンによりある程度は可視化され、また広島と長崎での死者が22万人近くに及んだことにも言及される。

 本作はその事実を踏まえ、原爆使用の罪深さをたしかに訴えたうえで、“原爆の父”と英雄視されたオッペンハイマーの、その後の苦悩と罪の意識を浮き彫りにする。

原子力委員会委員長のルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr.)© Universal Pictures. All Rights Reserved.

観終わったあとに残るのは…

 とはいえ、180分の長尺は彼の複雑な、ときに矛盾した心理を簡略化しない。

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  “原爆の父”と“破壊者”、そのどちらでもある彼の実像を、複雑で矛盾を抱えたものとして映し出す。

 オッペンハイマーがどのような人物だったか、観終わったあとに一言で語りきることができないのは、本作が誠実に人物像を追求した証拠だ。

 最後に残るのは、ただ打ちひしがれるような虚しい後味である――。

 難解で複雑な作品はヒットしないのが映画業界の定石だが、難解かつ濃厚、そして長大な『オッペンハイマー』はその限りではなく、9億5,000万ドルを超える世界興収を記録。『ボヘミアン・ラプソディ』を上回り、歴代興収1位の伝記映画になった。

 作品形式においても興行成績においても破格。やはり似たような伝記映画は、これまでに観たことがない。

© Universal Pictures. All Rights Reserved.

STORY
第二次大戦下のアメリカで始動した極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。そこで主導的な役割を担ったロバート・オッペンハイマー(キリアン・マーフィー)は、世界で初めて原子爆弾の開発に成功するが、想像を絶する破壊兵器の衝撃は彼を深い苦悩のうちに飲み込んでいく――。愛憎や策謀のドラマを交え、天才的な物理学者の生涯を描く、緊迫感に満ちた人間ドラマ。

STAFF & CAST
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン/出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー/製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン/原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン/2023年/アメリカ/180分/配給:ビターズ・エンド、ユニバーサル映画/3月29日公開