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【国内最速レビュー】徹底した本人視点でも“破壊者”として擁護せず…まもなく日本公開『オッペンハイマー』の評価が高い理由

2024/02/29

source : 週刊文春CINEMA オンライン オリジナル

genre : エンタメ, 映画, 国際

note

 自分でもよくわからぬまま、大きななにかに巻き込まれていく感覚。

 それはオッペンハイマーが原爆開発に携わる過程で感じていた感覚でもある。少なくとも、本作は彼の心理をそう描写している。

女好きで道楽者…典型的な知識階級としての若き日々

 青年時代のオッペンハイマーは、ここでは女好きの道楽者として描かれる。パーティーで女性たちと交流する彼は、エリオットの『荒地』を読み、ストラヴィンスキーの「春の祭典」を聴き、美術館でピカソの絵画を鑑賞する。スペインで起きていた内戦にも強い関心を持つ。

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 当時の知識階級の典型でもあっただろう。そんな彼が友人の物理学者、アーネスト・ローレンスに次のようなことを語る場面がある。ピカソ、ストラヴィンスキー、フロイト、マルクス…いまや世界のいたるところで革命が起きているじゃないかと。

フローレンス・ピューも出演 © Universal Pictures. All Rights Reserved. 

 そして物理学においても革命を起こすべく、オッペンハイマーは学究的な探求心に突き動かされ、「マンハッタン計画」に邁進する。それがどんな悲劇を招来するか、はっきりと自覚しないままに。

 本作の没入感とは、つまりオッペンハイマー自身が原爆開発に没入していく感覚を再現したものでもあるのだ。

原爆投下後の広島や長崎が映し出されない理由

『オッペンハイマー』はもちろん、彼の“破壊者”としての顔もあらわにする。

「我は死なり、世界の破壊者なり」

 彼がのちに原爆投下を悔悟し、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』を引用して実際に語ったその一節は、もっとも印象深いかたちで本作でも用いられる。

妻キティ(エミリー・ブラント)とロバート・オッペンハイマー © Universal Pictures. All Rights Reserved.

 自覚が乏しいまま、なにかに巻き込まれるようにして兵器の開発に取り組んだからといって、本作は破壊者である彼を擁護しない。

 2023年7月に本作がアメリカで公開されたあと、原爆投下後の広島や長崎の状況が描かれていないことに対し、国内外で批判が起きた。そこには原爆の使用を正当化する意図があるのではないかと。

 しかしそういった批判が的はずれなことは、本作を虚心に観ればあきらかだ。

 一人称でつづられる物語は、オッペンハイマーが広島への爆撃を、トルーマン大統領によるラジオの声明で知る様子を描いている。投下後の広島や長崎が映し出されないのは、彼がそのありさまを直接的には見ていないからにすぎない。