今年のアカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した『関心領域』(5月24日公開)。主人公は、アウシュビッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスだ。収容所と壁を隔てたプール付き邸宅で、豊かな暮らしを満喫するヘス一家。「壁の向こう」からは音が聞こえてくるだけだ。
被爆者を映さなかった『オッペンハイマー』との比較から、現在のパレスチナ情勢への態度まで。アウシュビッツ訪問やホロコースト生存者への取材経験もある評論家の荻上チキ氏が読み解く、本作が観客に対峙させるものとは…。
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家族仲は良好、暮らしぶりも豊かなヘス一家
ルドルフ・ヘス一家は、大きな壁のそびえる屋敷で暮らしている。父の誕生日を祝い、友人の訪問を喜び、庭の手入れを楽しみ、子どもの成長を見守る。総じて家族仲は良く、暮らしぶりは豊かでもある。
ゆったりとしたホームドラマのようではあるが、和やかな心地で見守る者はほとんどいないだろう。何せこの屋敷は、アウシュビッツ強制収容所に隣接しており、「壁の向こう」で何が起きているかを、現代の観客たちは知っているためだ。
そもそも、ヘス一家らが豊かな暮らしを享受できるのは何故か。彼らの住環境や生活用品などは、ユダヤ人、ポーランド人、ほか様々な立場の囚人などからの搾取の上にある。本作にはそうした歪さの片鱗をちりばめつつ、それでもヘス一家が、社会的に模範的な存在として扱われていたことを丁寧に描く。
「壁の向こう」で起きていることを伝え続ける「音」
『関心領域』では終始、「壁の向こう」で起きていることを映さぬよう抑制している。その代わり、映像に被せられる音声が、不穏さを徹底して伝え続ける。
誰かの怒声。誰かの慟哭。何かの作業音。響く銃声。何かを燃やし続ける音。光景は壁や薮などによって視界を遮断することが出来たとしても、音や声は壁を超え、生活空間に滲みでてくる。
蛮行の片鱗に触れた時、ヘス一家の反応は一様ではない。目を背け、さらに耳をも塞ぎ続けるのか、それとも――。
ここまで触れてきたように、本作は「音」が重要な仕掛けとして活用されている。これから観る人はぜひ、より音響の良い環境で観て欲しい。それでこそ、現代を生きる観客という特権性を咀嚼することができるからだ。