──その一方、様々なシーンで時代劇ならではの様式美も感じられました。特に印象に残ったのは、「それっ」とばかりに格之進たちが走り出すシーンです。
白石 あれは撮ってみたいショットのひとつだったんです。頭にあったのはマキノ正博監督の『血煙高田の馬場』(37年)で、土手の上を阪妻(阪東妻三郎)が走るんです。とても時代劇らしい感じで。
シルエットにしたり土手の上を走らせたり、過去に観た時代劇のシーンを反芻しながら撮りました。立ち姿にしてもちょっと重心を落としたり、表情も少し顎を引くだけで、ぐっと侍らしく見えたりするんですよ。
「草彅さんは本当にかっこいい」
──格之進が仇討ちを果たすべく旅に出て、薄汚れていくごとに草彅さんの存在感が際立っていくのも印象的でした。清廉潔白、穏やかだったはずの人物に、どんどん凄みが加わっていって。これは計算通りだったのでしょうか。
白石 いや、発見ですね。これまで時代劇での草彅さんは凜とした役どころが多かったと思うんです。だけど復讐に向かってから無精髭が生えて、股旅ものっぽい展開になってからの草彅さんは本当にかっこいい。こういう侍を撮りたかったんだって、毎日うっとりしてました(笑)。
草彅さんへのオファーはタイミングよく受けていただけたのですが、やはり『凪待ち』で仕事をした香取(慎吾)さんから、「草彅剛は真っ黒になるまで台本を読み込んで、気になることは徹底的に詰める」と聞いていたので、戦々恐々としていました。
だけど、クランクインのころ感想を尋ねたら、「監督、何ひとつ気になるところはなかったです」と言ってもらえて。もちろん加藤さんの脚本の力ですが、そこに書かれた格之進の行いが一貫していて、人物像にブレがなかったということだと思います。
落語とはひと味違った結末に込めたテーマ
──草彅さんが演じた格之進という役どころは、落語だと人情噺として許しを与える実直な人物としてのみ語られます。ですが「仇討ち」の要素が加わったこともあって、今作にはひと味違った結末が待っています。
白石 この映画の格之進は、最後に少しだけ清廉潔白の道から外れる選択をします。正義を貫いて藩を追われることになった格之進は、いわば杓子定規な人物でした。