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きっかけは編集部にかかってきた“一本の電話”…持ち込み原稿から生まれた「大ベストセラー作家の正体」

『小説編集者の仕事とはなにか?』より #1

2024/05/29

genre : ライフ, 社会, 読書

note

 この電話で相手が開口一番「小説を書いたので読んでください」と言ってきた場合、もしかすると僕は断っていたかもしれません。そういう電話は当時少なくなかったですから。しかも原稿用紙800枚。ですが、電話での受け答えが非常に丁寧でしっかりされていて、僕はその電話の主に好感を抱きました。ちなみに原稿用紙800枚というのは、ノベルスにした場合400ページぐらいのボリュームになります。当時のノベルスの平均的なページ数は240ページぐらいでしたから、あまり例のない長大な作品ということになります。

 そしてゴールデンウィークが明けて出社すると、僕の席には重い段ボール箱が届けられていました。普通、原稿は封筒に入れて送られてくるものなので、びっくりしました。それが件の電話の主からの投稿作品だったのです。

 封を破り、分厚い原稿の束を取り出します。

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「小説 姑獲鳥の夏」――1ページ目には、そのように記載されていました。

 京極夏彦の衝撃のデビュー作は、こうして僕という編集者のもとへやってきたのです。

『姑獲鳥の夏』との遭遇

 綺麗に印字された原稿だったので、手に取って「まあ、ちょっとだけ目を通して、あとは時間のあるときに読もう」と思いページをめくりました。すると、原稿から目を離せなくなりました。途中で読むのを止めることができず、その日の仕事は後回しにして、家にも持ち帰って夢中になって読み続け、その日のうちに読み終えたのを覚えています。

 原稿から顔を上げて最初に頭をよぎったのは「これはすでに発表されている作品を持ち込んできたのではないか」という疑念でした。それほど、完成度が高すぎたのです。

 翌日、勢い込んで京極さんのお宅に電話をすると、ご家族の方曰く「1週間ほど出張に行っております」とのことで、またあらためてご連絡することになりました。その1週間は、とにかく待ち遠しかったですね。

 1週間後に電話をして京極さんと連絡が取れたとき、真っ先に僕は「この『姑獲鳥の夏』は本当に自作未発表作品でしょうか」と尋ねて、疑念がただの杞憂だったことに安堵しました。

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