加藤の頭に、刃を入れていく。
ジョリジョリという心地良い振動が、バリカンを通して右手に伝わってきた。しかし今は、その感触を味わっている場合ではない。素早く、そして丁寧に、私は忙しなく手を動かし続けた。
半分ほど作業が進んだあたりで、ある違和感に気がついた。さっきまであれほど落ち着きなく身体を動かしていた加藤が、微動だにしていないのだ。
鏡越しに、ちらりと様子を窺う。
真っ黒な、ガラス玉のような目が、こちらを凝視していた。
――なんだ? 何かミスっちまったか?
全身の毛穴が開き、冷や汗が吹き出す。
しかし何かを訴えかけてくる様子はない。私は平静を装い、黙々と作業を続けた。
理髪室に漂う、異常なほどの緊張感
加藤はまるで練習用のマネキンのように、身じろぎひとつしなかった。ガラス玉のような目は相変わらずこちらを見つめ続け、まばたきもない。醸し出す雰囲気も表情も、部屋に入ってきたときとは明らかに別人だった。
おまけに後ろには、刈り長先生と中刈りの監視の目が光っている。理髪室には、異常なほどの緊張感が漂っていた。
酸素が上手く取り込めず、頭がぼーっとしていた。正直言ってこのときのことは、今になってもあまり思い出すことができない。極度の緊張と集中で、記憶が曖昧なのだ。とにかく早く終わってくれ、と思いながら、ジリジリとした時間の中私は手を動かし続けた。
「以上です。お疲れ様でした」
やっとの思いで作業を終え、吐き出すように加藤に告げた。
「あっ、どうも……」
おどおどと立ち上がる加藤の目にはいつの間にか光が戻り、部屋に入ってきたときと同じく、神経質で弱々しい雰囲気の男がそこにはいた。
「帰るぞ」
刈り長先生が加藤を連れて、部屋を出ていく。
「カンペキでした。お疲れ様です」
小声で労ってくれる中刈りの声を遠くで聞きながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
――やっと終わった……。
汗で身体に張り付く舎房着が煩わしい。
冷えた汗で体温が奪われたのか、あるいは緊張の名残りだろうか。体の震えは、作業が終わってからもしばらく取れなかった。