いま中国では恐竜の化石の発見が相次いでいる。発見された恐竜の種類は世界一。しかし、その裏には盗掘や密売といったダーティーな問題も抱えている。いったい中国で何が起こっているのか。
ここではノンフィクションライターの安田峰俊氏が執筆、古生物学者の田中康平氏が監修を行った『恐竜大陸 中国』(角川新書)の一部を抜粋。盗掘ビジネスの実情について紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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化石盗掘の暗い影と中国恐竜研究の混乱【ラプトレックス】
中国の恐竜について、「陰の話題」の最たるものが盗掘問題である。
そもそも、現代の中国恐竜の代表選手であるシノサウロプテリクス(編集部注:初めて羽毛跡を残した状態で発見された羽毛恐竜)からして、農閑期に盗掘を生業としていたとみられる人物が発見したものだ。また、彼が化石を複数の博物館に持ち込んでいた事実からもわかるように、中国では一昔前まで、博物館や研究者の側も盗掘行為をおおっぴらに批判せず、むしろ盗掘者からそうした化石を買い取る立場にあった。
もっとも、当然ながら盗掘行為の弊害は大きい。不健全な経済活動の温床になるといった社会道徳的な面での問題はもちろんのこと、恐竜学の視点から見た場合は、発掘情報が失われてしまうことがなにより深刻な懸念である。
ちなみに中華人民共和国刑法の第328条では、科学的価値のある古人類(猿人・旧人)化石や古脊椎動物の化石を盗掘する行為は、悪質なものについては死刑と財産没収まで科せられる重罪となっている。
謎の恐竜、ラプトレックス
盗掘がもたらす学術研究の混乱を象徴する中国恐竜には、たとえばラプトレックス・クリエグステイニ(Raptorex kriegsteini:克氏暴蜥伏龍)がいる。
これは「レックス」という名前からもわかるように、ティラノサウルスの仲間の獣脚類だ。2009年にシカゴ大学のポール・セレーノらによって『サイエンス』誌上で発表された論文によれば、約1億2500万年前の白亜紀前期の恐竜で、年齢は5~6歳であるとされた。体長は3メートルほどで、大きな頭と長い脚、さらに2本指の小さな前足を持つ。つまりはティラノサウルスをそのまま縮めたような姿をしていた。