1ページ目から読む
2/4ページ目

 セレーノの論文において、化石が見つかったとされた地層は中国遼寧省の義県層。すなわち、多数の羽毛恐竜の化石で知られる熱河層群である。ラプトレックスの化石は圧密を受け、やや平らな形状をしており、これは熱河層群の他の化石とも一致する特徴であった。加えてセレーノは、化石に付着した岩石のなかに含まれた他の小さな化石(示準化石)から、やはりラプトレックスは白亜紀前期の恐竜だったであろうと主張した。

ティラノサウルスの進化史を大きく塗り替える発見

 すなわち、白亜紀後期の恐竜であるティラノサウルスよりも約6000万年も前に、ただサイズが小さいだけで非常によく似た身体的特徴を持つ先祖がアジアにいたという驚くべき報告がなされたのである。

 従来、ティラノサウルスの大きな頭や小さな前足は、身体の巨大化にともなって進化したとみられてきた。だが、白亜紀前期の小型の獣脚類であるラプトレックスがほぼ同じ体型だったとすれば話は違ってくる。恐竜全体の象徴ともいえるティラノサウルスの進化史を大きく塗り替える、驚くべき発見である──。

ADVERTISEMENT

 と、セレーノの論文は非常に刺激的な内容だった。ゆえに世間でも注目され、AFPやBBCなどの欧米の大手メディアでも盛んに取り上げられている。

盗掘を逆手に取った研究をしたかった

 だが、翌年にはこれに異議が唱えられ、やがて2011年にはアメリカのバッドランズ恐竜博物館に所属するデンバー・W・ファウラーによる本格的な反論論文が発表された。こちらの論文では、ラプトレックスの化石とともに見つかった示準化石の特徴だけでは、地層が白亜紀前期のものとは立証しがたく、またラプトレックスはおそらくタルボサウルスの仲間の約3歳の幼体の化石であるとみられるとの分析が示された(ちなみにタルボサウルスは、白亜紀後期のモンゴルに生息していたティラノサウルスと非常に近縁な恐竜である)。

 化石が見つかった場所も、義県層ではなく、モンゴルのゴビ砂漠にあるネメグト層か、もしくは中国の内モンゴル自治区のイレンダバス層ではないかとの見立てが示された。

写真はイメージです ©AFLO

 つまりラプトレックスは、ティラノサウルスよりも大幅に早い時期に存在した不思議なミニサイズ恐竜ではなかった。その正体は、「本家」と同時期のモンゴルにいた、近縁種の子どもでしかなかったようなのだ。

 これほど大きな混乱が生じた理由は、ラプトレックスの化石が見つかった経緯にある。実はこの恐竜の化石は、研究者が加わった発掘チームによって、所在のはっきりした地層から掘り出されたものではなかったのだ。