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「これはすごい…」藤井聡太が“初のカド番”に追い込まれたとき、中継に映らない控室では何が起きていたのか

「これはすごい…」藤井聡太が“初のカド番”に追い込まれたとき、中継に映らない控室では何が起きていたのか

プロが読み解く第9期叡王戦五番勝負 #3-2

2024/05/26
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 感想戦。竜王戦第1局のときとは雰囲気がまったく違う。空気が重い。両者とも笑わない。問題の86手目、角で王手した局面、伊藤は「まぁ本譜で▲6九玉(と寄られて)も」と言い、私はのけぞった。いや、控室では一瞬も検討されなかったよ。そこじゃ玉の逃げ場所がないよ。そんな手をイトタクは読んでいたの?

 藤井も「あー……。え? そういうことを考えなければいけなかったんですか」と言い、天を仰ぐ。「え、寄り、寄り、寄り? そうですか」と藤井、「や……」と首をかしげる伊藤。ようやく両者が笑みを浮かべた。

 

緩むことなく次の勝負へ

 その変化をいったん軽くやり過ごし、△7六銀の局面が検討される。

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 一手進むごとに手が止まり、藤井がうつむきながらも扇子を動かし考え込む。伊藤も真剣に局面を読んでいる。まだ対局が続いているかのような緊張感だ。

 島も糸谷も黙って見ている。まだ2人は戦っているんだ。口を挟んではいけない。

 やがて局面が戻り、再び▲6九玉の局面が検討された。最初は「なんか相当不安はありますけど」と言っていた藤井だったが、やがて攻防手(王手成銀取り)や、後手玉への詰み(20数手)があることを発見した(※私はまったくわからず、後で確認しました)。藤井が「こっちだったんですかあ」と同意した。

 50分ほどの感想戦が終わって藤井が退室した後、伊藤に「糸谷さんが▲7九桂から▲7七銀打という手ではどうかと検討していたんですが」と聞くと、しばらく考えて「玉寄りは負け、玉上がりなら大変だと思っていたんですが……。なるほどそれは負けですね」。まあ、こういう手順は普通指せないですよね、と言うと「そういう手を読まなければならなかった」と振り返っているような表情だった。自分に自信を持ち、緩むことなく次の勝負に向かっている、とてもいい顔つきだった。

 

ライバルの存在が互いを強くする

 これで五番勝負は藤井の1勝2敗。23回目のタイトル戦にして、藤井は初めて先に追い詰められた。これまでは、タイトル保持者としてカド番を迎えるどころか、挑戦者のときを含めてもフルセットになったのは2021年の第5期叡王戦(豊島将之戦)のみ。

 伊藤が藤井に連勝したこと自体は、棋士の仲間内ではそれほど驚きの声はなかった。それだけ伊藤の実力は認められているのだ。

 藤井は2020年から、渡辺明、豊島将之、永瀬拓矢、そして羽生善治と、そうそうたるメンバーとタイトル戦で戦いながら強くなってきた。谷川浩司十七世名人は「みんなで課題を与え、よってたかって藤井を強くしている」と言ったが、それは伊藤とて同じだったのだ。竜王戦・棋王戦・叡王戦でトップ棋士たちと戦い、藤井の前に座る権利を勝ちとった。そして藤井との戦いで、伊藤は叩き壊されることなく、さらに鍛えられ強くなったのだ。

 藤井がいるから伊藤は強くなる。伊藤がいるから、藤井ももっと強くなる。

 2人の伝説はこれから始まるのだろう。

写真=勝又清和

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