伊藤匠七段が藤井聡太叡王に挑む第9期叡王戦五番勝負の第3局。
やがて伊藤は80分近い大長考で右金を上がって、飛車の横利きを通して受ける。
藤井は香を成り銀を取り、金取りに歩を叩いてから香を走りと、パンチを打ち続ける。伊藤が右桂を跳ねて先手玉方面へ反撃するも、藤井は銀で桂と刺し違え、飛車取りに角を中央に出る。伊藤玉は飛車を渡すとすぐに王手がかかるが、飛車を逃げているようでは勝ち目がない。
ここからが伊藤の本領発揮だった
残り時間は藤井42分、伊藤23分。難題が多い伊藤の持ち時間は藤井よりも少ない。これで大勢は決まったか、と思えた。しかし、ここからが伊藤の本領発揮だった。
伊藤は残り8分になるまで考え、飛車取りを無視して桂の犠打を打つ。銀で取らせて守りからはがし、角を打ち込んだのが強烈な勝負手。
この王手に対し、上に逃げるか横に逃げるかの2択。追うときは「玉は下段に落とせ」だし、逃げるときは「中段玉寄せにくし」だ。ということで玉を寄る手は検討されなかった。ここが分岐点になっていたとは、伊藤以外気づいていなかっただろう。
伊藤の反撃は続く。じっと角を成って飛車をただで取らせ、銀を玉の頭上に進出させて詰めろをかける。飛車も桂も渡して、攻めきれるのか? 糸谷も島も、これは藤井が余すだろうと検討していたが、調べていく内に顔色が変わった。
島が「迫力ある攻めですねえ」と言えば、糸谷も「桂打ちから角打ちが見事な勝負手ですね」と感嘆の声を上げる。棋界随一の早見えで、なおかつ受け将棋の糸谷だが、なかなか受け方が見つからない。島と一緒に何度も何度もトライアンドエラーを繰り返し、様々な手をつぶしにつぶす。
「これはすごいものを見た」の連続
そして、ようやく▲7九桂△6八歩成▲7七銀打という手順を発見した。とはいえこの後、打った桂は玉の頭上に跳ねることになるし、飛車のタテの利きは通らないし、腹金の王手がかかるしで、発見した糸谷ですら、「これはとても指せない」というほど指しにくい順だ。
藤井は悩みに悩み、残り13分すべてを使って飛車で王手した。合駒に香を使わせてから、自玉の上に銀を打ち、伊藤の銀を外した。次に伊藤はと金で守りの金を取ってから、銀を馬で取り返してくるだろう。しかし、金を取られたときに玉で取って手順に右辺に逃げれば、まだ難しいぞということだ。
しかし、伊藤は先の先まで読んでいた。金を取らず、単に馬で銀を取り返したのが妙手。と金を取られても、伊藤は手番を握れるのが大きい。
駒の価値は不変ではなく変動制で、終盤戦になると「金なし将棋に受け手なし」「金なし将棋に攻め手なし」と、「金」の価値はとびきり高くなる。金を取ってから考えてしまいそうなところだ。と金を取られても手番を握れるのが大きいとはいえ、よくぞそこまで読めたものだ。