2023年10月7日、第36期竜王戦七番勝負第1局、東京・渋谷セルリアンタワー。

 にこやかに感想戦を進める藤井聡太竜王と同学年の挑戦者・伊藤匠七段を控室のモニターで見ていた。2人ともマスクをしているものの笑顔なのがわかる。それを立会人の佐藤康光九段がずっと厳しい表情で見守っている。佐藤さんのほうが対局者じゃないの、と心の中で苦笑いしてしまう。

藤井を上回る読み筋の正確さ

 藤井完勝だったし、感想戦でも読み筋で圧倒するんだろうなあ。

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 ところが藤井が「こうやられたらわからなかった」と示すと、伊藤が藤井の読みにない手を示唆した。藤井が「ここで!?」と驚いている。慌てて対局室にいくと、その局面を数分見つめ続ける2人がいた。やがて、伊藤の読み筋が藤井を上回っていたことがわかり、藤井は頭をかいた。

竜王戦第1局前夜祭での藤井聡太竜王と伊藤匠七段 ©文藝春秋

 感想戦で相手の示す手に驚く藤井を見るのは初めてのことだった。伊藤の実力を認めた藤井が第2局以降どう戦うのか。楽しみだけど怖いなあ、と思いつつ帰途についた。そして、その予想は当たりすぎるくらいに当たった。

 第3局、藤井は金取りを無視し、玉の頭上に歩を成らせて詰めろをかけさせても、しのいで勝った。恐怖心がないという、生易しい言葉ではすまされない。人間が指せる手の限界を超えていると思わされる指し回しだった。

 第4局、藤井は馬を切って寄せにいく。続いて角で飛車を奪い、取った飛車を打ち、合駒の角を奪ってすぐに捨てた。最終的に大駒をすべて捨てて、詰手筋も駆使しての37手詰め! 見ている棋士すべてを驚かせ、呆れさせた。

 藤井はリミッターを外して、全力で伊藤を殴り続けた。痛そうだなあ、昔のヤンキー漫画みたいじゃないか、匠くん大丈夫かなあ。

 しかし、伊藤匠は壊れなかった。

ふたりは小学生からの運命の相手

 竜王戦が終わった後、2012年に藤井と伊藤が戦った子ども大会をプロデュースしていた高野秀行六段に話を聞いた。