日本中が熱狂したシリーズだった。藤井聡太竜王・名人と永瀬拓矢王座が激突した第71期王座戦は、既報の通り藤井が3勝1敗で王座を奪取。八冠独占は社会現象になり、藤井竜王・名人には今月13日に内閣総理大臣顕彰が授与された。
十八世名人の森内俊之九段は、今年8月に『超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か』(飛鳥新社)を上梓した。前書きでは次のように断言している。
〈将棋の歴史上、「最強の棋士は誰か?」と問われれば「間違いなく藤井聡太竜王名人」と言い切れる〉
同書は藤井聡太の強さを分析している。「永世七冠」の羽生善治九段とのタイトル戦(第72期ALSOK杯王将戦)や共通点を巡る考察は、羽生と小学生のときから長く戦ってきた森内九段でないと書けない内容だ。
百戦錬磨の森内九段から見て、今回の歴史に残る大勝負はどう映っていたのか。取材は第3局、第4局の直後に行った。
まずは最終局前のインタビューをご覧いただきたい。前半は藤井の強さ、そして後半では王座戦について語っている。五番勝負では激戦が何度も続き、大棋士もハラハラしていた。永世名人の率直な感想を聞くと、番勝負がどちらに転ぶかわからない興奮がよみがえるだろう。また「当時の羽生七冠より藤井八冠のほうが強い」となぜはっきり言えるのか。その真意を聞いた。
(取材日:2023年10月3日)
この少年がそのまま強くなったら、すごいことになると…
――森内九段が藤井聡太竜王・名人を初めて認識したのは、いつですか。
森内 彼と初めて出会ったのは、小学生の大会のようです(2012年の第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会・3年生の部。藤井聡太竜王・名人が3位、竜王挑戦中の伊藤匠七段が準優勝したことで有名)。私は審判長でしたが、記憶は定かではありません。多くのお子さんが参加されていますし、何年も務めていましたから。
彼の名前を覚えたのは「詰将棋解答選手権・チャンピオン戦を小学6年生の藤井聡太さん(奨励会二段)が優勝した」というニュースを見たときでした。有名な詰将棋作家、詰将棋が得意な棋士が何人も出ている大会ですから、信じられなかったです。プロが悩むような難解な詰将棋はセンスだけではなく、経験がないと解けません。この少年がそのまま強くなったら、すごいことになるんじゃないかと思いました。
――将棋を初めて見たのは?
森内 プロの四段になってからです。デビューから連勝が積み重なり、本当にどこまで勝つんだろうかと眺めていました。将棋界の枠を超えた社会現象になって注目が集まっても、中学生の彼は平常心で対局している。出来過ぎているストーリーですよね。
――『超進化論 藤井聡太』では、藤井竜王・名人について「平常心」という言葉が何度も出てきます。
森内 いやぁ、どれだけ注目されても淡々と対局に臨まれて結果を出していましたからね。普通は舞い上がってもおかしくないでしょう。正直、将棋の内容よりも盤外のふるまいにインパクトがあったぐらいです。
――藤井将棋はデビューからどのように成長してきましたか。
森内 当初から序盤から終盤まで完成度の高い将棋だなと思いました。ただ、いくら中盤が強くて読みが速かったとしても、どうしても経験が少ないので、序盤に精通した上位の棋士と当たると苦戦していました。学校にも通っていたため、将棋を勉強する時間は少なかったでしょう。
年々、対局や研究を積み重ねて、いまは序盤も克服されてスキがありません。内容を検証するとレベルアップしています。棋戦上位で活躍すればするほど対戦相手も強くなっていきますので、8割を超える勝率を維持し続けているのは驚異的です。