日本中が熱狂したシリーズだった。藤井聡太竜王・名人と永瀬拓矢王座が激突した第71期王座戦は、既報の通り藤井が3勝1敗で王座を奪取。八冠達成は社会現象になり、藤井竜王・名人には今月13日に内閣総理大臣顕彰が授与された。
今年8月に『超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か』(飛鳥新社)を上梓した十八世名人の森内俊之九段から見て、今回の歴史に残る大勝負はどう映っていたのか。取材は第4局の直後に行った。
(取材日:2023年10月18日)
王座戦第4局を振り返って
――王座戦第4局は衝撃的な結末でした。まずは序中盤をどうご覧になっていましたか。
森内 永瀬さんが先手番で角換わりの急戦に誘導し、準備してきた形がうまく実現しました。昼食休憩に入ったところでも持ち時間をほとんど使わず、藤井さんだけが考え込む展開でした。一方的に永瀬さんが勝つんじゃないかと思ったほど、ペースを握っていたでしょう。かなり後手がつらかったはずです。しかし、そこから藤井さんがうまく挽回し、先手が一気に勝てる感じじゃなくなったので形勢が混沌として激戦になりました。
基本的には永瀬さんが押している時間が圧倒的に長かったです。
――ハイライトが△5五銀でした。
森内 すぐに負けてしまいそうなので、△5五銀は驚きました。普通は△5五飛で馬を消して負けを先延ばしにしそうなものです。恐らく藤井さんはこの将棋は厳しいと覚悟していたと思うんですが、△5五銀で結果的に勝ってしまったわけです。目に見えない力のようなものが働いてるのかなと感じたほどでした。
――△5五銀に実戦は▲5三馬でした。
森内 ▲5三馬でも勝ちなのかなと思っていたら、棋譜中継のAIによる形勢判断が急にひっくり返ったのでちょっとびっくりしました。▲4二金からの勝ち筋は普段の永瀬さんならひと目の手順かと思います。
――森内九段は「第3局はAIの形勢判断だと大逆転に見えるけど、実際に勝つとなると大変なので、大逆転とはいいがたい」とおっしゃっていました。本局はどうでしょう。
森内 第3局の負けは、永瀬さんとしても仕方がないと思ったところもあったのではないでしょうか。本局は普段の永瀬さんなら一瞬で指すであろう明快な勝ちがあったので、残念だったでしょうね。
――やっぱり相手が藤井竜王・名人っていうプレッシャーはあったんですかね。
森内 それはあったでしょう。長時間、対峙して相手の強さを感じる場面も多かったはずです。そういう目に見えない蓄積が、最後の最後に悪い方に出てしまったように思いました。