十八世名人の森内俊之九段は、今年8月に『超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か』を上梓した。前書きでは次のように断言している。
〈将棋の歴史上、「最強の棋士は誰か?」と問われれば「間違いなく藤井聡太竜王・名人」と言い切れる〉
同書は、史上初の「八冠」を達成した藤井聡太の強さを分析している。「永世七冠」の羽生善治九段とのタイトル戦(第72期ALSOK杯王将戦)や共通点を巡る考察は、羽生と小学生のときから長く戦ってきた森内九段でないと書けない内容だ。
羽生が七冠独占を果たしたとき、森内九段はまだタイトル戦にも出ていなかった。どういう思いで全冠制覇を見ていたのか。なぜ巻き返し、永世名人レースで羽生を抜いたのか。近年の戦いぶりや次世代へのエールを聞いた。
(取材日:2023年10月3日)
大舞台で絶対王者と戦うときは…
――羽生善治七冠誕生は1996年です。それまでに森内九段はタイトル戦に登場しなかったとはいえ、各棋戦の予選で羽生九段と当たりました。七冠誕生を止める闘志はありましたか。
森内 やる以上はそうですが、対局すると力の差を感じました。羽生さんのほうが形勢判断は正確でしたし、私が順調にいってもそのまま勝てないことがあったからです。
――羽生七冠ロードのときは、どういう気持ちで見守っていましたか。
森内 あまり気にしないようにしていましたね(苦笑)。どこにいっても羽生さん一色なんで、対戦相手としていくときは自分のやるべきことをこなすことを意識していました。大舞台で絶対王者と戦うときは、マイペースな方が力が発揮できるのかと思っていました。
――気にしないと思っても、やっぱり気になりませんか?
森内 まあそうですね。タイトル戦は地域を盛り上げるイベントでもありますので、スターが来れば注目されるのは自然なことという気持ちもありました。対局が始まってしまえば1対1の勝負ですから、対局では集中することを心がけました。
盤外でも、羽生さんに気を使ってもらったことがありましたね。最初に彼とタイトル戦で戦ったのは、1996年の名人戦です。羽生七冠誕生の直後でした。前夜祭や取材でどう振る舞えばいいのかよくわからなかったとき、羽生さんにさりげなくリードしてもらったのを覚えています。