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現代将棋を象徴するレベルの高い対戦

――▲5三馬で詰まず、そして▲3八桂と手を戻さざるを得なかった。そこから永瀬王座の様子が一変したのが印象に残ります。何度も頭を抱えたり、髪の毛が抜けるんじゃないかというほど頭を掻きむしったり、呆然とどこか遠くに目をやったり。しかし、盤上に視線を戻して、最後まで指し続けました。

森内 永瀬さんはあまり対局中に表情が変わらないタイプなので、感情が表に出ていたのは驚きました。本当にずっとこのシリーズに懸けてやってきたのに、最後の最後で簡単な勝ちを逃してしまった。その気持ちが現れたのでしょう。

©文藝春秋

――五番勝負を改めて振り返ってください。

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森内 現代将棋を象徴するレベルの高い対戦になり、八冠達成を決めるのにふさわしいシリーズでした。永瀬さんの序盤研究がまさっていた部分が多くて優位に立つ場面が多く、藤井さんは形勢が苦しかったり、時間がなかったりと大変でした。しかし、そこで差を広げられない指し回しが素晴らしくて、やっぱり最後の最後まで分からない将棋が続きました。結果的に藤井さんが苦しい局面でも大差にならなかったのが、勝利に繋がったように見えます。

――シリーズを通してみても、これまでのタイトル戦とは違って「藤井曲線」の将棋が1局もありませんでした。藤井竜王・名人がちょっとリードを奪ったらそのまま相手に何もさせずに押し切ってしまう、その展開をまったく許さなかったのも永瀬王座の強さに思えます。

森内 永瀬さんの研究や勉強がそれだけ行き届いていて、なかなか藤井さんのペースにならなかったですね。

 シリーズ開幕前のインタビューで、永瀬さんが「人間ではなかなか藤井さんには勝てない。人間を辞める」と答えたと聞いています。やっぱりそれだけストイックに突き詰めていって、実際にその思いを盤上に出されて、最高の将棋を作り上げられました。