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藤井竜王・名人を強くした、量より質のAI勉強法

――なぜ、序盤を克服できたのでしょうか。プロの課題は高度であり、わかっていても実際にどう解決すればいいのかは簡単ではないはずです。

森内 やはり、長期的なスパンで考えた勉強をしているんじゃないでしょうか。短期的に考えるなら、次の対局で勝つこと、相手に合わせて有効な方法を選んでいくのが現実的でしょう。しかし、藤井さんは後手だと2手目△8四歩しか指しません。恐らく△8四歩が最善手だと思っていて、相手に用意されていた局面に誘導されかねないデメリットがあってもスタイルを変えない。主導権を握りやすい先手でよい戦法を固定するのはわかりますが、後手番でも突き詰めて同じことをやっていくのは非常に興味深いです。

 現代は将棋を研究する環境がすべて整ったので、勉強時間を確保するのが大事です。藤井さんはすでに将棋界の顔なので、対局以外にもこなさなくてはいけない仕事が増えているでしょう。以前ほどは研究に時間を割けなくなっているはずなのに、序盤の精度を落とさずに戦っています。量より質で、勉強法がうまく機能しているに違いありません。

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――そのカギになっているのが、AIということですか。

森内 ええ、そうだと思います。藤井さんは評価値が悪い手を基本的に指しません。本にも書いた通り、AIは10年ぐらいで飛躍的に伸びました。AIを使って検証することで力を伸ばせる時代ですから、棋士にとっては欠かせないアイテムになっています。

記憶力の比重が増しているが、地力も問われる

――将棋AIによる研究は加速していますか?

森内 大半の棋士がAIを活用していることは間違いありません。評価値の良さを追い求めていくタイプと、実戦的な指しやすさを重視するタイプで研究の仕方は随分違うような気がします。

 AI研究はどうしても時間がかかります。最初から最後まで完璧なものを作って勝とうと思えば、1日24時間やっても足りません。しかも局面は複雑になればなるほど理解は難しくなっていきます。

――なぜ藤井竜王・名人は、それをトップレベルでこなせるのでしょう?

森内 記憶力がよくて、きちんと読み筋を理解して定跡を的確に整理するから、AIの膨大な読みについていけるのでしょう。

 ただ、受験勉強みたいにただひたすら暗記すれば勝つわけではないですよ(笑)。勝負は事前の研究だけでは決まりませんし、想定から外れたときや駒が入り組んだ中終盤になると地力が問われます。それに、自分の技量を超えたものを記憶だけで指し続けるのは簡単ではないです。

 年々、将棋では記憶力の比重が増しています。一般的には「ネットで調べればいいから、記憶力は大事ではない」という方もいらっしゃいますけど、調べて分かること、その場でとっさに自分でできることは違うと私は思っています。