10月11日、藤井聡太が将棋界で史上初の「八冠制覇」を達成した。全タイトル制覇は、羽生善治九段が1996年に七冠を達成して以来で、21歳2カ月での前人未到の偉業達成だ。 

 藤井の「八冠」への道に最後に立ちはだかったのは、「王座」の永瀬拓矢だった。2人が激闘を繰り広げた王座戦は、最終局となった第4局で、藤井が大逆転を果たし、勝利を収めた。

 世間が「藤井八冠」の誕生に沸き立つ中、今回、永瀬九段が「文藝春秋」(12月号)のロングインタビューに応じ、長年にわたる藤井八冠との交流やその強さの秘密について余すところなく語った。

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あの“運命の一手”についてインタビューで語った永瀬拓矢九段 ©文藝春秋

勝手な解説が出回って…でも「反論するのは時間のムダ」

――王座戦第4局で、藤井さんが指した122手目の「5五銀」に対して、永瀬さんは「5三馬」を指しました。その瞬間、永瀬さんの勝利を99%と予測していたAIの評価値が10%以下にまで一気に低下し、大盤解説や報道では「これが“運命の一手”となって勝敗を決定づけた」と評されました。

永瀬 勝手な説明や解説が出回っても、いちいち反論するのは時間のムダで、性格的にも興味がありません。間違った説明でも、素人の方がそれで何か分かった気になって、一つの“娯楽”として成り立っているのであれば、それでいいと思います。

 でもそれは休憩中の食事に関する情報のようなもので、自分には関係ないことですが……そもそも人に対してこうして発信すること自体、自分としては、本当は意味がないとも思っています。

 プロ棋士のなかでも、あの状況を深く理解できる人は、本当に一握りしかいないでしょう。

王座戦の様子 ©時事通信社

初対局で刻まれた「常人ではない感じ」

――2017年以来ずっと1対1の研究会を続けられてきた永瀬さんと藤井さんは、互いに唯一無二の存在だと思いますが、研究会を始められたきっかけは、ネット配信番組「炎の7番勝負」での対局だそうですね。この時、羽生善治三冠(当時)、佐藤康光九段など、名だたる棋士たちが藤井さんに次々に敗れるなかで、永瀬さんだけが勝利しています。

永瀬 勝ったのは私ですが、初めての対局で刻まれた印象は、あまりに強烈でした。藤井さんはまだ14歳でしたが、明らかに「常人ではない」感じがした。終盤戦に備えて時間を残すのが普通なのに、序盤から時間をかけて長考していて、妥協する姿をいっさい見せない。それで後日、ある方から藤井さんのメールアドレスを聞いて、「研究会(VS)をしたい」と本人に申し込んだんです。