――当時、24歳だった永瀬さんは、10歳も年下の藤井さんに自分から申し込んだことに、心理的な抵抗はなかったのですか。
永瀬 私にとって「年齢」は“ただの数字”にすぎません。
――永瀬さんは「軍曹」と呼ばれていますが、この異名は「正月という概念をなくして将棋を指した」というほど、鬼のような努力を重ねる姿から来ています。
永瀬 「正月」とか「大晦日」というのは、自分が決めたことではないので、まったく興味がない(笑)。だっておかしくありませんか。毎日やるべきことは決まっているのに、そもそも自分とは関係ないのに、世間が「大晦日だ」「お正月だ」と言っているだけで何か特別なことをするのは。そもそも私は「特別」という言葉自体が好きでないのかもしれません。
正月に家族でお節を食べたりはしません。楽しいとも思えないし、太るだけで、何より毎日の生活のリズムが崩れるのがよくない。
1日10時間を将棋の勉強につぎ込めば、年間で約3000時間は取れるでしょう。大事なのは、毎日、他には何も考えずにひたすら研鑚を積むこと。このサイクルをひたすら回して変化し続けることなんです。
藤井八冠は「本当にビックリするほど穏やかな人」
――藤井さんの強さは何だと思われますか。
永瀬 本当にビックリするほど穏やかな人なんです。「人間ばなれしている」というか「人間っぽくない」ほどに。藤井さんと最初に会って、そのことに一番驚きました。
――永瀬さんは、穏やかな人ではないのですか。
永瀬 相当キツいと思います(笑)。客観的に見て、それは否定できない。ただ、私のようなタイプの方が普通なんです(笑)。
「穏やかなのに勝負ができる人」。こういう人はなかなかいません。その点は、野球選手の大谷翔平さんや、あるいはボクシングの井上尚弥さんと、どこか似ている感じがします。この「穏やかさ」が、藤井さんの突出した「強さ」におそらくつながっている。
◇
「文藝春秋」12月号(11月10日発売)、および「文藝春秋 電子版」(11月9日公開)では、永瀬九段が2017年から藤井八冠と続けてきた研究会の秘話や、昨今のAIソフト登場による将棋界への影響、さらには「努力型棋士」と「才能型棋士」のちがいなどについても、全10ページにわたって語っている。
藤井八冠は人間っぽくない
【文藝春秋 目次】大座談会 優秀な人材が国を誤るのはなぜなのか 昭和陸軍に見る日本型エリート/永瀬九段 藤井八冠を語る/認知症治療薬はどこまで進化する
2023年12月号
2023年11月10日 発売
1000円(税込)