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藤井竜王・名人の知られざる新たな一面

――今年の春先、当時の渡辺明名人は「藤井聡太さんの角換わりは、記憶のパワープレー」だと評していました。相手に作戦の選択権がたくさんあっても、全部潰せるのは藤井さんだけ。それを支えているのは深い研究と記憶力だと。

森内 確かに藤井さんの記憶力は抜群ですよね。

 この前のABEMAトーナメント2023で、藤井さんが出口(若武六段)さんに負けたときが印象的でした。角換わりになって終盤までお互いに研究の応酬を繰り広げるなか、どうも先に藤井さんが間違えてしまったようで、控室で兄弟子の齊藤裕也四段にぼやいていました。

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――「もう、定跡通りに突っ込んで負けるパターンとはこのことですよ」と愚痴が止まらなくなり、兄弟子に放送されることを指摘されると「マジか。やばいな」と苦笑していましたね。

森内 年の近い同門ですから、親しい間柄で喋りやすかったでしょう。新たな一面を見られたのではないでしょうか。

 藤井さんはABEMAトーナメント2022で私と藤井猛九段を指名してくれました。自分たちとは親ほど年が離れているので、遠慮はあったと思います。でも、将棋では率直な感想を残していました。

 チームメイトの猛さんの将棋を2人で観戦している時は、猛さんと聡太さんの感覚の違いが感じられて興味深かったです。不利な猛さんが早く投了しそうなので、私がモニタを「投げないで」と見守っていたら、聡太さんに「投げてますね」と冷静にいわれたのも面白かったです。

©文藝春秋

まさかの八冠独占…考えてもみなかったこと

――藤井竜王・名人の初タイトル挑戦・獲得は2020年です。あれから3年で一気に八冠独占を視野に入れました。森内九段はいつ頃、八冠独占が現実味を帯びると思っていましたか。

森内 厳しかった王座戦の決勝トーナメントで勝ち上がり、八冠目に挑戦することになり、現実味を感じました。今は棋士の上位層が厚くなっているので、ひとり勝ちするのは難しいと思っていました。2018年に8つのタイトルを8人で分け合っていたのに、それを統一しそうな人がいるのは信じられません。1996年に羽生さんが七冠独占したときもすごかったですけど、その時代よりも現代は競争が厳しくて大変ですから。

 藤井さんはすごくミスが少なくて、いままでの棋士にはない正確さを持っています。今後は、同じ方向性を目指す棋士が増えるのではないでしょうか。以前は、将棋はミスをして負けるゲームでしたが、いまはミスをしなくても負ける展開もまれにあって、序盤から息が抜けません。