「これだけ苦労してるんだから、俺のところに給料、二重に振り込まれていないかなあ」
「統合」にあたり配られた「統一用語集」
その後、お客からの問い合わせに1カ月も詫び続けた。「復旧のメドは立ちません」と伝えるためだけに、埼玉県内のどこへでも直接お詫びにうかがった。せめて訪問して、顔を見せ、誠意を見せるのだそうだ。
M銀行は、三行がひとつになり成り立った金融グループである。銀行同士が一緒になることをふつうは「合併」という。だが、われわれはあくまで「統合」という言葉を使っていた。
お客向けに配るメモ帳やボールペンなどの頒布品を、F銀行ではノベルティーと呼び、その倉庫を「ノベルティー庫」と称していた。D銀行ではこれを「マッチ庫」と言っていた。戦後、貴重なマッチは頒布品として喜ばれ、頒布品=マッチという時代の名残りだそうだ。
支店長専用の黒塗りの運転手付き高級車をF銀行では「支店長車」と呼んだ。D銀行では「メインカー」と呼んでいた。N銀行はハイヤーで訪問するから、その概念自体がなかった。
「統合」にあたり「統一用語集」なる冊子が配られた。それぞれの銀行での呼称をひとつひとつ統一していった。頒布品は「ノベルティー」、支店長の専用車は「支店長車」になった。統一用語を間違わないよう、朝礼では読み合わせ確認が行なわれた。奇妙で滑稽だった。
三行による統合の前に、行員が支店を行き交う交流人事が始まった。
一緒に働くようになり、驚いた。D銀行は統合前にかなりの数の行員を昇格させていたと聞いた。
三行による経営統合は、3年かけて準備が行なわれた。三行は、この準備期間中、人事を凍結(昇格、昇給を取りやめる)して、経営統合を最優先に対応しようという「紳士協定」を結んでいたらしい。