「私たちインティマシー・コーディネーターは、ジェンダーやハラスメントについての研究者でもなければ、心のケアの専門家でもない。ひたすら話を聞いて、伝えて、調整するのが仕事。どこまでいっても“コーディネーター”なんです」
このたび、初の著書『インティマシー・コーディネーター』を上梓した西山ももこさんは、現在、日本に数人しかいない有資格のインティマシー・コーディネーター(以下、IC)だ。
本書では、西山さんがICになるまでの紆余曲折が語られる第1章、それからICになってからの具体的な仕事内容、そして現場で経験した諸問題への提言という3章で構成されている。サブタイトルは「正義の味方じゃないけれど」。ここ数年、自身の職業をめぐって経験したさまざまなことへの戸惑いと反論を込めた。
ICとは、映画やドラマなどの映像作品でインティマシー(intimacy:親密)なシーン――性的描写やヌードなど体の露出があるシーンの撮影をする際に、俳優たちが安心して演技ができる環境を整え、かつ、監督など制作サイドが意図する演出が最大限できるようにサポートする職業。2017年、アメリカで始まった#MeToo運動を受けて生まれたといわれ、英米などでは現場へのIC導入はスタンダードになりつつある。
日本でも少しずつ導入が進み、2022年には、「インティマシー・コーディネーター」が流行語大賞にノミネート。一般の人にも知られるようになった。しかし、それは言葉の一人歩きであって、本来の役割や意義については業界においても「驚くほど理解されていない」あるいは「誤解されている」と西山さんは語る。
「ICを免罪符のように使うのも違うと思うし、万能を求められても困る。もちろん、年々変化も実感していますが、それでもまだ足りない。私自身、ICになる前は、ロケ・コーディネーターとして長く仕事をしてきましたから、この業界特有の事情はわからないではないんですが……」
そういったジレンマまでも正直に綴っている本書だが、タイトルに反してICの実践的な記述は少ない。
「俳優のプライバシーに関わることなので、特定の作品や現場は挙げていません。また、そもそもICのノウハウについて書く気はありませんでした。それでわかった気になって、知識のない人に進められてしまうのも怖いので。それよりも私がこの仕事において大切にしていることを書きました」
それゆえに、フリーランスとしての矜持や働き方についても紙幅を割く。
そして、実は読み応えがあるのは第1章だ。「トム・クルーズと結婚したい!」という衝動からアイルランドに留学した少女は、やがてダンスの勉強のために芸術の街プラハへ。そして恋愛、結婚、離婚。価値観が合わない日本で社会人生活を送ることの苦難、ロケ・コーディネーター時代の失敗などを赤裸々に描く。
「私の話なんて誰が読むの? と最初は思ったんですが、書いてみたら意外と書くことがあって(笑)」
現在でもロケ・コーディネーターとして月数回の海外渡航をしつつ、ICとしては常時5~6作に携わる西山さん。そのバイタリティの原点が見え隠れする。
「どうやったらICになれるの? とよく聞かれます。必要な研修を受けて資格を取って、が答えですが、もうひとつの答えとして、私みたいな人間にでもなれる、ということを伝えたいのかもしれません。とにかく、ICの実像を知ってほしい。これからの業界がもっとよくなるためにも」
にしやまももこ/1979年東京都生まれ。アフリカ専門のコーディネート会社を経て、2016年よりフリー。ロケ・コーディネーターとして国内外のロケ、イベント制作に携わる。20年、インティマシー・コーディネーターの資格を取得。