今村、渡辺優樹被告(当時39歳)らのグループは2018年ごろから、フィリピンを拠点に、日本にうその電話をかける手法で特殊詐欺を働いていた。そして2021年の夏頃から、ネット上で「闇バイト」を募る手法で集めた強盗グループを、メッセンジャーアプリなどを使い遠隔操作していた。彼らが関与した強盗や窃盗事件は50件以上、詐欺の被害総額は60億円超と言われている。
特殊詐欺とは、親族や公共機関の職員に偽装した犯人が、電話やハガキ、メールなどを通じて被害者をだまし、現金やキャッシュカードを奪ったり、医療費の還付金が受け取れるなどと言ってATMを操作させ、犯人の口座に送金させたりする犯罪のことだ。もともとは「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」などと呼ばれていたが、手口が多様化し、オレオレと言わない例や銀行口座に振り込ませず現金を対面で受け取る手法が増えるなどしたため、警察はそうした詐欺の総称として、2011年から特殊詐欺という用語を使うようになった。
それにしても、特殊詐欺で数十億円も荒稼ぎしていたグループが、リスクの高い強盗にまで手を染めたのは何故か。
その理由のひとつには、情報技術(IT)の進化により、「匿名性」の確保が容易になったことがある。詐欺と強盗とでは、捕まって有罪になった際の量刑に大きな差がある。詐欺ならば最長でも懲役10年だが、強盗の場合は20年や30年、被害者を傷つけたり死なせたりすれば無期懲役や死刑もあり得る。しかし、匿名空間の闇に隠れ、実行犯を使い捨てにする黒幕たちは、大した違いを感じなかったのかもしれない。
そしてもうひとつ、この特殊詐欺と連続強盗に共通するのは、「現金を手っ取り早く手にする」ことを志向する、日本経済の長い低迷期に生まれた「デフレ型犯罪」だということだ。
特殊詐欺は「デフレ型犯罪」
特殊詐欺は、日本経済が低迷する中で生まれ、変異を続ける「デフレ型犯罪」の一形態である──。
1990年代から、ヤクザを頂点とするいわゆる「アウトロー」のカネ儲けを観察し続けた筆者がたどり着いた現時点での結論がこれだ。アウトローとは「LAW(法)」の「OUT(外)」にある、という意味で、「無法者」などと訳されるのが普通だ。しかしここでは完全な違法行為だけでなく、法の境界線上の、ギリギリの領域で活動する勢力までを含めている。(略)
デフレ型犯罪とは、現金志向が強く、スピード重視で、素人の参入しやすさを特徴とする犯罪のことだ。そして、そのターゲットとされるのが、一般の個人(連続強盗でいえば商店など)である。その対極にあるのが、1980年代後半から1990年代初めにかけてのバブル期に見られた、土地や株などの「資産」とからむ「インフレ型」犯罪だ。
当たり前の話だが、物価上昇が続くインフレーションの下ではモノの価格に対しておカネの価値が下がる。逆に物価が下げ止まらないデフレーションの下では、おカネの価値に対してモノの価格が下落する。
法に触れるリスクを冒してまでつかみ取るなら、インフレ下ではいっそうの値上がりの見込めるモノの方が、現金よりも魅力を放つ。実際、株や不動産などの猛烈な資産インフレが起きたバブル期には、これらと紐づけられた利権に無数のアウトローが群がった。詳しくは後述するが、いわゆる企業舎弟やフロント企業、バブル紳士などと呼ばれた人々である。
ところが今は、日本社会のあらゆるワルたちが、特殊詐欺に参入しているような感すらある。
警察庁は2023年2月に発表した「令和4年の犯罪情勢」で、次のように指摘している。
〈特殊詐欺については、事件の背後にいる暴力団や準暴力団を含む匿名・流動型犯罪グループが、資金の供給、実行犯の周旋、犯行ツールの提供等を行い、犯行の分業化と匿名化を図った上で、組織的に敢行している実態にあり、令和4年の認知件数は1万7570件と2年連続で増加し、被害総額は約370・8億円と8年ぶりに前年比増加となり、深刻な情勢が続いている〉
ではなぜ、特殊詐欺のようなデフレ型犯罪が、「変異を続けてきた」と言うことができるのか。ヒントとなったのが、冒頭で言及した連続強盗事件である。