永遠のファッション・アイコン、オードリー・ヘプバーンにとってもウエディングドレスは特別な1着。そこには、彼女の結婚への思いが込められている。
ここで紹介するのは、結局は着られることのなかった最初のウエディングドレスを含めてプライベートで3回、そして、出演映画の中で1回、それぞれに用意された計4着のドレスに秘められたストーリー。
季節は6月、ジューンブライドが数多く誕生するこの時期に、オードリーが選んだウエディングドレスとともに彼女の人生を振り返る。
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『ローマの休日』撮影時、婚約中だったオードリー
『ローマの休日』(1953年)撮影中の1952年、オードリーは当時婚約中だったイギリス人ビジネスマン、ジェームズ・ハンソンとの結婚式で着るためのウエディングドレスを試着するために、ローマのデザイナー、フォンタナ姉妹のブティックを訪れる。
彼女が腕を通したのは全身シルクでできたミディアム丈のボートネックドレスだ。
しかし、1年間の婚約期間の後、オードリーは俳優としてのキャリアを優先し、婚約を破棄。ハンソンもそれを受け入れ、2人はその後も生涯交流を続ける。
幻のウエディングドレスを寄付された女性
そして、シルクのウエディングドレスはどうなったか?
「私のドレスを他の女の子の結婚式で着て欲しい。できれば、高価なドレスを買う余裕のないイタリア人の女の子に」というオードリーの意思に従い、フォンタナ姉妹によってアマービレ・アルトビラなる貧しい女性に寄付される。
2009年、このオードリー最初のウエディングドレスが23,000ドルで落札された際、カタログにはアルトビラから以下のコメントが添えられていた。
『私はこのドレスのおかげで幸せな結婚生活を送ることができました』