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兼ね備えた才能と美貌と野心…それでも“生涯独身”だったココ・シャネルが晩年に抱いていた“意外な思い”

『独身偉人伝』より #1

2021/11/23

 非婚や少子化そのものは国家の将来にとっては難題だが、個人の選択する生き方とは別の話だ。恋多き人生を全うした男女もいれば、世を正しく導くため、あるいは社会を作り変えるという使命感とともに単身を貫いた人もいる。

 ここでは、評論家・アンソロジストとして数々の著書を執筆する長山靖生氏の著書『独身偉人伝』(新潮新書)の一部を抜粋。恋多き人生でありながら、生涯独身だったファッション・デザイナー、ココ・シャネルの生涯を振り返る。(全2回の1回目/後編を読む)

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ハーレクイン・ロマンス以上の恋の数々

 恋多く独身だった人は女性にもいます。今も女性たちを魅了しているブランドを創始したファッション・デザイナーのココ・シャネルは、生涯に幾人もの恋人を持ちましたが、お相手の人品や容姿のよさは抜群で、さすがに美的センスが発揮されている感がありました。その恋の数々は、ハーレクイン・ロマンス以上にロマンチックで、特別で、波乱万丈でした。

 ココ・シャネルことガブリエル・ボヌール・シャネル(1883~1971)は、才能と美貌と野心を兼ね備え、何より活力に恵まれた人でしたが、生涯独身でした。とはいえ生涯に何度もドラマティックな恋をしています。しかしカサノヴァ(編集部注:伊達男として知られるヴァネチア共和国出身の作家)と違って彼女には結婚願望があり、「男がほんとうに女に贈り物をしたいと思ったら結婚するものだ」と述べています。もっとも、たとえどんな大物が相手だったとしても、彼女が単なる妻の座に満足できたとは思えませんが。

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芸能人としての成功を夢見たココ・シャネル

 ココ・シャネルはフランスのロワール地方で行商人をしていたアンリ・アルベール・シャネルと洗濯婦ウジェニー・ジャンヌ・ドゥヴォルのあいだに生まれました。翌年2人は結婚しますが当時はまだ結婚しておらず、さらに彼女が最初の子供というわけではなく、父は責任感に欠ける人物だったようです。ガブリエルが12歳の時に母が亡くなると子沢山だった家族は離散し、彼女は聖母マリア聖心会の孤児院に入れられました。ここで厳格な規律の下、裁縫などを学んだのが後に役立つことになります。しかし彼女自身は、幼少期の真実を語ることはありませんでした。シャネルは、自分は中流家庭に生まれて母の死後は2人の叔母に育てられたという物語を主張し続けました (ついでに年齢は10歳さばを読みました)。

 18歳で孤児院を出た彼女はカトリック女子寄宿舎を経てムーランの仕立て屋に就職、その傍らキャバレーで歌を歌い、騎兵将校たちの人気を得ました。彼女の愛称ココは、彼女の得意曲「ココリコ」に由来するとも、愛人を意味する隠語ココットから来ているともいわれます。芸能人としての成功を夢見た彼女は、リゾート地のヴィシーに出たもののうまくいかず、短期間でムーランに戻り、フランス軍の元騎兵将校で富豪の息子エティエンヌ・バルサンに見初められて愛人になりますが、不安定な立場でした。