そんななかで、母がミルクセーキを作ってくれるなんてことは本当に珍しいことだったので、わたしは内心とても嬉(うれ)しかった。
ただ母が感情を表に出すのが下手だったように、わたしもまた感情表現がうまくなかった。きっとくったくのない笑顔や甘えた顔のできる子供ではなかったと思う。そんなわたしを見て、よく母は、
「この子は何をしてやっても喜ばないから可愛くないんだよ」
と親戚にぼやいていた。そう、わたしは可愛い顔ができない太ったブスだった。
「それね。下剤が入ってるんだよ」
おそらくこの日も無反応に近い形でミルクセーキを飲み始めたはずだ。心の内では踊りだしたいくらい嬉しかったのに。
母のミルクセーキは甘くておいしかった。もったいないので少しずつちびちび飲んだ。
最後のひと口を飲み干したとき、母が小さな低い声で言った。
「ふふ、それね。下剤が入ってるんだよ」
このときの母の歪(ゆが)んだ笑顔が忘れられない。
どういうつもりで下剤なんかを入れたのか? それはいまでも本人にしかわからない。
母は自分自身が下剤を乱用する習慣があったので、娘にもちょっと飲ませてみようと思ったのかもしれないし、わたしが太っているのをなんとかしようと考えたのかもしれない。
ただ、いまわたしが成人し医師となって振り返ってみると、母は、〈代理ミュンヒハウゼン症候群〉だったのではないかという結論に到達した。
ミュンヒハウゼン症候群で父を困らせていた
〈代理ミュンヒハウゼン症候群〉。あまりなじみのない病名だろうから少し説明をしておこう。
まずは〈ミュンヒハウゼン症候群〉という病気から話す必要がある。これは簡単に言えば詐病のこと。もっと嚙(か)み砕くと仮病である。
これは世間によくある、ただ学校をサボりたいからと、
「う~ん、お腹なかが痛いよぉ」
と噓をつくレベルとはかなり違って、自分のおしっこに指先を切って出した血を混ぜ、
「大変! 血尿が出た!」
などと騒ぐ。病院での血液検査でもスタッフの目を盗んで異物を混入させ、あり得ない数値が出て診断を混乱させたりもする。一種の精神の病だ。