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 もともと母にはこの傾向があり、よく、

「トイレに行ったら便に交ざって変なかたまりが出た」「口から糸が出てきて止まらない」

 と訴えては父を困らせていた。

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代理ミュンヒハウゼン症候群と虐待の違い

 これに関しては父も医師なので〈ミュンヒハウゼン症候群〉を疑って、いくつもの文献を調べていた。

 この病の本質がどこにあり、なぜこんな現象を起こすのかは定かではないが、こんな具合に病気と偽ることで愛情や同情を買おうとしているようだ。

 今風に呼ぶなら“病的なかまってちゃん”というところだ。

 さて、次に〈代理ミュンヒハウゼン症候群〉となると話はよりいっそう複雑になる。

 代理の場合は文字どおり、自分ではなく代理となる誰かを病気に仕立て上げる。多くは自分の子供、幼く抵抗しない無力な存在が対象に選ばれる。

 映画『シックス・センス』のなかで、毎日食事に洗剤を混ぜられて母親に殺された少女が、霊となって登場する。まさにあれが、代理ミュンヒハウゼン症候群である。

 不思議なのは、自分で洗剤を混ぜたくせに、いざ娘が体調を崩すと急に優しくなり、心配して病院に連れていき甲斐甲斐(かいがい)しく看病をする。このあたりがシンプルな虐待と異なる点だ。

過度な薬物依存状態になった病因

 ミュンヒハウゼン症候群も代理もどちらにせよ、一般からは理解し難い精神の疾患である。原因はわからない、劇的に完治するというものでもない、とにかく罪な疾患である。

 もしも母にこの傾向が本当にあったとしたならば、その後の薬物への過度な依存状態へと続くなんらかの病因がすでに存在していたとも考えられる。依存症に陥る患者の多くに、精神疾患(ADHD=注意欠陥・多動性障害、アスペルガー症候群、自閉症など)などの基礎疾患が見られることがよく知られているからだ。

 翌日、当然ながらわたしはトイレにこもりっきりになるほど下痢をした。お腹を押さえて痛みに唸る幼いわたしを見ても、母はなにひとつ心配するでもなかった。

 ただ腹痛の合間に視野をよぎった母の顔は、一瞬だがちょっとだけ口元を歪めて、うっすら笑っていた気がした。