腕、太もも…体じゅうの針が刺さる場所を探して打つ
依存度が高くなればなるほど、薬以外のことはどうでもよくなる。すべてにおいて面倒くさがり屋となり、身なりがだらしなくなったり、家事や仕事を放り出したりする。
母の場合も不衛生に注射器を使いまわすものだから、しょっちゅう刺した部位の皮膚が感染して腕を紅(あか)く腫らしていた。
打った痕からは出血し、どの服も肩の部分には血の染みがついていた。いつしかわたしも父も、そんな姿の母に驚かなくなってしまっていた。
この頃になると母の腕は、左も右も注射痕によるひきつれで枯れ枝のようだった。何十何百回にもわたる薬液の注入により皮下脂肪は溶け、組織は硬くケロイド状に変性するのだ。
腕の皮膚はゾウの皮みたいに硬化し、もう針も刺さりにくい状態にまでなっていた。
すると、次は太ももに打ち始めた。右の太ももが潰れると今度は左、そうやって体じゅうの残っている打てそうな場所という場所を探しては自分で針を刺していった。
気づくと彼女の体には、もうまともな場所などひとつも残っていなかった。
ダウナー系とアッパー系の違い
薬物依存。そう聞くとたいていのひとのイメージは、昔の映画に出てくるような“阿片窟(あへんくつ)の暗闇でうなだれてうつろな目で宙を見つめる廃人”そんな姿らしい。
じつはこれは笑ってしまうほど大きな誤解だ。こんなベタなやつはそうそういない。
薬物、嗜好品(しこうひん)にはダウナー系とアッパー系があるのはなんとなくご存じだろう。
まずこれらの区別から話そう。
たとえばアルコールや鎮静剤、大麻=カンナビノイド、モルヒネやヘロインといった阿片類、シンナーなどはダウナー系に分類される。過度な緊張から解放されたいタイプはこちらを好む。ダウナー系を乱用すると、多少はぼーっとした状態になる。いわゆるまったりする感じ。
一方、わたしの母が好んだようなアッパー系はそれとはまったく異なる。
アッパー系とは覚醒剤、コカイン、ニコチン、LSD、MDMAなどのこと。不安や抑鬱を吹っ飛ばす作用があるので、俗に言う“バキバキにキマる”状態となる。ハイテンションになり元気はつらつとして意欲も上がるので、なにも知らない周囲からは、
「あのひと、元気でノリがいいね」
といい評価を受けることも少なくない。